カテゴリー「外国人学校」の2件の記事

すべての人のための義務教育

 先日、ある中華学校を訪ねる機会があった。各種学校として運営されているが、実質は小・中学校にあたる学校である。
  教育内容は、日本の学習指導要領と検定教科書をベースにして、自国語と自国文化の教育を上乗せしている。教育方法は、教師の権威が確立されたタイプで、一斉授業タイプとしてはもっとも良質のほうに入るだろう。古き良き日本教育を想う人だったら、「こういう教育がまだ日本で健在だ」と喜ぶだろう。

 それでも、この学校は各種学校であり、授業料は一流私立並みを徴収せざるを得ず、補助金は雀の涙程度である。中学を卒業しても、正式な中卒資格がないので、進学に不自由をきたす。
 生徒のうち6割が、日本国籍を持っているというのにである。

 外国人に無償教育を提供しないと、貧困層が教育を受けられない。また、マイノリティが自らの文化継承を可能にする学校を持つことも、基本的人権として国際条約で確立している。
 外国人学校を義務教育と認め、「日本語も教える」、「日本の国の仕組みの最低限を教える」ことくらいの基準を満たせば、日本の学校と同額の一人当たり費用を出してやればいいではないか。そうしている国はたくさんある。

 外国人の教育の保障は、しっかりやらないと、社会問題の温床になる。教育の段階で金をかけることが、じつは一番安上がりなのである。根本は、学校設置の自由と学校運営の自由である。
 しかし、日本の教育行政は、既存の学校枠での運営しか法制化されていないので、身動きできない。
 現状は、「外国人が希望すれば、日本の学校で無償の教育を受けられるようにしました」と言って、自慢しているような段階である。内実は、外国人いじめが多くて、民族学校に逃げていく例が後を絶たない。

 公立学校側だって、ただでさえ上からの教育改革で振り回されているのに、いろんな文化を持つ外国人に完璧に対応しろと要求されるのは酷である。

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外国人学校校長の明快さ

 他民族共生教育フォーラム2007東京に参加し、外国人学校訪問コースで、東京第二朝鮮初級学校と中華学校を見てきた。

 授業も覗かせてくれていたが、教えている内容は、思っていたよりずっと日本の普通の学校に近かった。日本の指導要領に沿った上で、独自のものを上乗せしている。
 事情を聞けば、どちらも日本に永住するつもりの人たちが子どもを託す学校だった。子どもたちが、日本の社会で生きていけるようにすることが大きな目的なのだ。

 印象的なのは、校長の説明が明快なことだった。これは、以前に他の外国人学校を訪ねたときにも感じたことだった。当校がどのような沿革と方針を持ち、どのような現実に直面しているかを、官僚的でも攻撃的でもなく、伝える能力を持っていた。

 外国人学校は、こういう学校が必要だと思った在住者たちの意志と協力によって成り立っているところである。人を納得させ、協力をとりつけていくことができなければ、破綻する。
 日本人に対しても、自分の学校の存在理由を主張するが、できるだけ協力者をふやし余分な敵は作らないようにする。
 こういう困難な実務をこなせる人が校長になるのであろう。

  

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