カテゴリー「教員免許更新制」の9件の記事

教員免許更新制廃止実現

 教員免許更新制を廃止する方針を文科省が決めたそうである。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091014-00000076-jij-pol

 当然である。免許更新制は、金と労力の無駄遣いである。早くやめたほうがいい。すでに更新講習を受けた人たちにはご苦労をかけたことになるが、やめるのが遅くなるほどに、講習を受けた人が増えてやめににくなる。

 代替措置は、「専門免許状」の発行らしい。20年研修を作るくらいかなと思っていたが、なるほどこのほうがよい。取りたい人が取るもののようで、実害はなさそうである。すでに免許更新講習を受けた人の時間と労苦を振り替えることができる。いずれ、新しい教員養成システムとその免許の中に吸収されるのであろう。

 教員免許更新制廃止が、日教組路線のようにも言われるようだが、これは間違いである。そうではなくて、教員免許更新制は実効がなく、国の予算と教員の労力の無駄遣いなのである。
 現職教員の研修制度にすぎないものに、免許が関係するのがおかしい。教員をやっていると免許が失効することがあるが、ペーパーティーチャーは失効しないなんて変な制度をつくってしまったのである。

 教員に何かを課していれば安心し、教員管理を緩めると「日教組路線だ」と言い出すなど、時代錯誤もはなはだしい。
 教育にはまだ55年体制が続いている。それは、教員と保護者を信用しない、という体制なのである。その中核にあるのが、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(1956)である。この法律で、教育は文部省院政体制になってしまった。

 これからの教育行政のテーマは、教員と保護者の参加なのである。 

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小話 免許更新講習

また小話を。

教員免許更新講習を受けた先生たちの授業が急におもしろくなった。
理由を調べると、講習を受けた先生たちが、つまらない授業に耐える生徒の立場を深く体験できたためだった。

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教員免許更新制ができた経過

 教員免許更新制は、なんでこんな無益な制度を作ってしまったのか不思議に思う。こういうものができる経緯を追ってみると、味わいがある。
 免許問題にかぎらず、馬鹿げた政策ができてくる大きな原因は、日本の教育システムに自律的問題解決能力が乏しいために、苛立った人たちのイデオロギー攻撃やモンスター攻撃のターゲットにされて、妥協案を余儀なくされることだと思う。どこにも悪人はいないのだけれど、システムが悪いとこうなってしまう。どなたもお気の毒にと思う。

1 免許更新制が言われる表向きの理由は、教員の質の向上である。しかし本音のところは、「不適格教員をクビにできる方策がほしい」と「ぐうたら教員に更新めざして努力研鑽させたい」である。長らく、この本音は自民党にくすぶっていた。文科省は乗り気でなかった。

2 免許更新制がはじめて具体化に踏み出したのは、教育改革国民会議提言(2000年12月)に、「免許更新制の可能性を検討する」が盛り込まれたときである。議事録には議論らしい議論がないのに提言に盛られている。裏でなんらかの政治的な画策があったのではないか。
 これを受けて免許更新制が中教審に諮問されるが、答申(2002年2月)は否定的だった。この答申は穏当なもので、免許制一般に更新がないことと比較し、教員免許だけを特別扱いする理由がないとした。

3 2004年9月に就任した中山成彬文相は、学校に競争原理を導入することに熱心であり、「中山プラン」の一つとして、学力テストなどとともに免許更新制を推進する。10月に免許更新制を中教審に諮問する。この諮問は、「具体策をお願いしたい」と、ほとんど誘導尋問である。中山文相は、その後失脚した経緯でも明らかなように、ただの原理主義者である。

4 この諮問に対して中教審は、それまでの答申の顔を立てつつ、「資質能力の保持のための刷新(リニューアル)」という新しい論理を持ち出して大臣の顔を立てた。
 これは明らかに、政治的状況に屈した妥協案である。この言葉ならどこの顔も立つことは理解できる。しかし、内容がない。資質刷新できるだけの講習が存在するかどうかもわからないし、なぜ研修制度の拡充ではなくて免許更新制にしなければならないのかも考えていない。
 とにかく、この答申で免許更新制への地ならしはできた。

5 2006年12月に、安倍内閣は改正教育基本法を成立させた。それを受けて安倍内閣は教育再生会議の教育改革案を推進する。その目玉商品の一つが教員免許更新制の導入であった。教育再生会議は、実績評価を含めて講習の修了判定を厳格にすることを求めていた。

6 政治スケジュールがとにかくあわただしい。改正教育基本法の成立が12月。教育再生会議第一次答申が07年1月。安倍内閣は、通常国会でこの答申を実現しなければ、教育改革を謳ったメンツが潰れる。2月に教育3法をまとめて中教審に諮問し、一カ月で答を出せと言う。中教審は無理して3月に答申を出す。それを受けて、文科省が法案を作り、国会に上程。6月末に、教育3法はまとめて成立。

7 1年くらい時間があって、実務者レベルに話を落として検討していたら、「この免許更新制は、ほとんど意味がない」という答は出てきたと思うが、その時間はなかった。

8 このとき、文教政策は二重権力構造である。内閣直属の教育再生会議と文科省。暴走する教育再生会議に対し、文科省は中教審路線で対抗する。両者の駆け引きのはざまで、冷静な実務的検討がなされなかった。

9 国会や世論は、教員免許更新制を「これで、ダメ教員を追い出せる」と思い込んでいた。その効果がないことは文科省は承知していて、講習を受けさせるための免許更新へと換骨奪胎することに懸命だった。
 そのため、資質リニューアル免許更新制そのものの検討がお留守になった。「そんなけっこうな講習が存在するのか」や「それは研修制度の問題であって、免許と関係ないだろう」などの検討は、不問に付されてしまった。

 こういう経過を眺めていると、教育の中央集権構造そのものに疑問を感じるのである。

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講習のために免許更新をからめる必要があるのか

 当ブログの中でもアクセス数の多い、「教員免許更新制の問題点」(08年3月11日初出)を更新しました。論旨に変化はありませんが、筋道を明確にし、より詳細に論じています。

 つけ加えた主な点をいくつか引用します。

 「冷静に考えてみよう。講習を受けさせるために免許更新をからめる必要があるのだろうか。教員の資質向上のために講習が必要だというなら、現在の初任者研修や10年研修を拡大して10年ごと研修にすればそれでいいことである。」

 「教員を配置転換したりクビにできる制度がすでにあるのに、さらに免許の問題まで持ち出す必要はないのである。」

 「『教員に免許更新と連動した講習を受けさせ、日本の教育を向上させよう』とはじめから主張した人間などいない。複雑な政治劇で取引が起こり、そう決まってしまっただけのことである。」

 今回の教員免許更新制は、日本の教育システムの最大の問題点を浮き彫りにしている。それは、中央の勢力間での妥協で政策が決まり、素晴らしいと思っている人間など誰もいない施策が生まれてくることである。いったん決まれば、意味を不問にして巨大公務員僚組織を上げて実行する。
 公務員たちは、自分にとっては変えようのないことだから、制度の中でせめてものことをしようとする。また、いったん実行してしまうと、それが無意味だとは思いたくない。なんだかんだと意味付けをしたりデータを集めれば、素晴らしいことをしていると思えてくる。

 講習の出席者は、受ける以上は、それなりのものを得ようとするだろう。アンケートを取れば「良かった」という声が多くなるであろう。講習というものは、まったく無駄ということはめったになく、意義を探せばそれなりに見つかるものである。現在のシステムの中で、「時間の無駄だ。仕事に専念させてくれ」と素直にアンケートに書ける教員は極めて少ないだろう。
 講習を用意する側も、国民の税金を使って無駄なことをしているという非難を浴びたくないから、それなりのものにはなるだろう。

 しかし、もともと誰も望んでいなかった制度が実現し、決めた議員や委員達は実行過程にも結果にも責任を負わず、決定を下ろされた公務員組織が機械的に実行している、という構造が変わるわけではないのである。

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教員免許更新制の問題点

 教育免許更新制を調べていて思った。これは、予算と労力がかかる割に、得るところは少ない。予算の無駄遣いになるだろう。この免許更新制は、政治劇の妥協の産物であり、目的と手段が吟味されていないからである。

 免許更新制の目的というのは、「不適格教員を排除する」と「教員の資質向上」である。

不適格教員排除に役立つか?

 まず第一点として、「不適格教員を排除する」を見よう。これは、まったく効果がないであろう。
 なぜなら、

・ 不適格教員がいたとして、免許更新制を使うには、最長で10年待たなければならない。しかし現実には、すでに指導力不足教員の認定と処分が可能になっているから、問題があればこちらで対処しているはずだ。そこに、免許更新を持ち込んでも、すでに辞めさせた教員に、追い打ちをかけて教員免許を取り上げることにしかならない。

・ また、更新拒否にはよほど客観的な事由が必要だから、指導力不足教員認定の基準を超えることはあり得ない。

 教員を配置転換したりクビにできる制度がすでにあるのに、さらに免許の問題まで持ち出す必要はないのである。

 そもそも、教員免許は教職過程を修了すれば与えられているものであり、能力や実績に対して与えられたものではない。勤務実績によって免許を取り上げるのはおかしいのである。

 免許更新制が不適格教員排除の手段として疑問があることは、平成14年の中教審答申も指摘している。この答申では、「我が国全体の資格制度や公務員制度との比較において,教員にのみ更新時に適格性を判断したり,免許状取得後に新たな知識技能を修得させるための研修を要件として課すという更新制を導入することは,なお慎重にならざるを得ない」、と教員免許更新制に否定的だった。

免許更新制への道

 そもそも、こんな金と手間がかかり効果も知れない政策を、文科省がやりたがるはずがない。
 ところがここに圧力をかけたのは、中山成彬文科大臣である。いわゆる「中山プラン」で学力テスト導入などとともに免許更新制を謳った。

 文科省・中教審は免許更新制が「不適格教員をやめさせる」に役立たないことは知っている。しかし現実に、免許更新制導入の政治的な原動力は、不適格教員の排除をするためであった。

 日本の教育行政は中央において政治との分離が十分でない。
 妥協せざるを得なくなった文科省・中教審は、教員免許更新制をやる理由付けとして、「教員の専門性を向上させる」を前面に出してきた。教育は日進月歩なのだから、最新の情報で更新する必要があると。

 免許更新制の法改正を推進したのは、安倍内閣と、安倍政権が作った教育再生会議である。教育再生会議は、「不適格教員の免許をとりあげろ」で盛り上がった。それを中教審が換骨奪胎して、「講習のための免許更新」にした。

 しかし、冷静に考えてみよう。講習を受けさせるために免許更新をからめる必要があるのだろうか。教員の資質向上のために講習が必要だというなら、現在の初任者研修や10年研修を拡大して10年ごと研修にすればそれでいいことである。

 免許更新までからめたために、事務量は厖大になるし、ペーパーティーチャーも巻き込まれることになってしまった。
 ペーパーティチャーは現職教員よりはるかに数が多い。毎年、教員免許を取得する学生のうち、教職に就くのは1割程度である。ペーパーティーチャーに講習に押しかけられたら、講習はパンクしてしまうのである。
 そこで、免許更新講習では、講習を受講できるのは現職教員と採用予定者に絞った。それならば、最初から現職教員の講習とすればよかったのである。

免許更新講習は役に立つか?

 この免許更新講習は、「こういう講習をすれば、教員の資質が確実に上がります」というものがあったから講習を行うことになったのではない。「教育の資質を向上させなければ」という政治目標に迫られて、とにかく「研修を受けさせます」となったのである。内容は、大学に丸投げすることになった。そうなると、現場の課題を肌で感じている人たちが講習を組織しているのではない。内容はマスプロ的にならざるを得ないだろう。

 すでに現場のプロになっている人たちに、「受けて良かった」と思わせる講習のできる大学の先生が、いったいどれだけいるのか。ある程度は、知識や技能を伝える効用はあるであろうが、おおむねは、学校で意欲のない生徒が卒業のためにしかたなく教室に座っているのと同じことを、小中高の先生達が立場を変えてすることになるのだろう。

 ふだんでも教員研修については、免許更新と関係なく行われている。教員の専門技能を向上させるために、教育委員会などがいつも研修講座を設けているのである。免許更新講習は、そこに屋上屋を架した。
 本当に必要だったのは、教員に研修のための時間を作ってやることであり、教員がどのような研修を望んでいるか、緻密に声を吸い上げていくことだったのである。また、自発的に発生している各種の研修組織を支援することだったのである。

 校長や教頭や主任などの管理職を更新講習からはずしたのもおかしい。本当に教員に最新の知識技能を授けるものであるならば、管理職を真っ先に講習に送り込み、その後の校内運営のリーダーシップを取らせるはずである。ところが、今回の免許更新制は管理職を講習から免除している。「教員の資質のリニューアル」なんて、建前に過ぎないのである。「出世しないやつは無能であり、無能な奴は研修を受けろ」という言外の意味があることは、誰にでも通じていることだろう。この職階制支配は、微妙な退廃を教育界にもたらすだろう。

日本教育システムの最大の欠点

 今回の教員免許更新制は、日本の教育システムの最大の問題点を浮き彫りにしている。それは、だれも本心では望んでいないことを、巨大組織を上げて実行することになってしまうことであうr。
 「教員に免許更新と連動した講習を受けさせ、日本の教育を向上させよう」とはじめから主張した人間などいない。複雑な政治劇で取引が起こり、そう決まってしまっただけのことである。

 いっぽう、ほんとうに決定に関与している人たちは、その後に責任を取りようがない。中山成彬は空疎なイデオロギーを振りかざして失脚したし、安倍内閣や教育再生会議はもう消えてしまっている。免許更新制にゴーサインを出した中教審は、単なる諮問機関であり、その後の実行と結果に責任を持っているわけではない。
 けっきょく、文科省、教育委員会、大学、教員といった実行機関が、「決まったことだから」と意味は不問にして実行するのである。

 すでに、法律はできた。法律である以上、公務員は遵守しなければならない。
 教員たちも、教育委員会も従うだろう。大学も講座を準備するだろう。文科省も制度を整備するだろう。しかし、どこもほんとうに「この新制度はすばらしい」と思っているからやっているのではない。

 実施されれば、教員たちは講習を受けざるを得ない。講習を受ける以上、無駄にはしたくないから、一生懸命に意義を見つけようとするであろう。それなりの意義は見つかるであろう。「つまらない。無駄だ」と本音を言って摩擦を起こすより、けっこうなレポートを提出してその場をやり過ごすことを選ぶであろう。
 大学も、それなりよいものを提供しようと努めるだろう。制度を前提として仕事ができるし予算を確保する手段になる。
 文科省も、教育委員会も、それがどれだけ意義があったかのデータを探し、講習内容の向上を図り、税金の無駄遣いにならないよう手段を尽くすであろう。
 教員も、大学も、教育行政も、意義あることをしているのだ、と一生懸命に信じようとするだろう。実際に、意義がないわけでもないのである。

 でも、本当は、「文科省からヒラ教員まで、意味を考えずに決まりに従っているだけ」という日本の教育システムの最大の欠点が、また拡大されているのである。
(初出 08年3月11日  加筆 08年12月11日)

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指導的教員の除外はおかしいのでは

 中教審の教員養成部会が、09年度から始まる教員免許更新制で、指導的教員は対象としない案をまとめたそうだ。つまり、校長、教頭、主幹教諭、指導教諭らは、更新講習を免除される。

 あれ? 更新講習は、教員能力の時代に合わせたリニューアルのためにやるのではなかったっけ。そうだとしたら、指導的教員が真っ先に講習を受けなければならないはずだ。学校運営の指導的立場の人が旧態依然で、ヒラ教員ばかりリニューアルされても、しょうがないでしょう。

 事情はこういうことだと思う。免許更新制は、政治サイドからの「ダメ教員はクビを切れ」という掛け声で浮上してきた。ところが中教審は、免許更新制にダメ教員排除の機能なんかないし、金と労力がかかって効果は不明だから、なかなかウンと言わない。
 しかし、中教審は大臣の掛け声には抗しきれなかったのでありましょう、平成18年答申では「時代の進展に応じて、教員の資質能力がリニューアルされるように」という理屈をつけて、免許更新制にオーケーを出した。

 でも、けっきょくは、ヒラ教員にムチを入れるのに使われてる。
 時代についていくためのリニューアルなんて、やはり本気ではなかったのだ。

 こういうふうに、エラいさんの一声で、実情に合っていないことを組織ぐるみで遂行してしまうシステムだから、学校の人たちは、自分の頭で考えると苦しくなってしまうのだと思う。
 上から押しつけた講習の効果などタカが知れている。それより、自主的に講習を受けたい教員に、時間と金を確保してやる仕組みを作ればいいではないか。そのほうがよほど安上がりで、効果も大きいと思う。

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大矛盾ではなかったが

 6月13日のこのブログで、教員免許法改正案中の「効力は十年」とする条文と、「有効期限を定めない」とする条文に矛盾があるのではないかと述べた。その後よく調べ、他の条文と読み合わせると、明確な矛盾とまで言えるものではなかった。
 免許法改正案は成立した。しかし、いろいろと問題をはらんでいるので、解説したい。

 免許法改正案の構造は、ごくおおまかに説明するとこのようなものだった。

○ 免許状の効力は10年です。(第9条)

○ でも、旧免許状は、有効期限なしです。(附則第2条)

○ 現職教員は、期限までに講習を修了しないと、免許が失効します。(附則第2条第5項)

○ ペーパーティチャーは期限切れでも失効せず、講習を受ければ先生になれます。(附則第2条第7項)

 これは、ペーパーティーチャーの免許失効を救済し、また、たくさんのペーパーティチャーが講習に押しかけてしまうのを防ぐための、苦肉の策であったのだろう。
 現職教員は期限切れで失効するが、ペーパーティーチャーは失効しないとしたのである。

 しかし、この構造はちょっとやそっとでは読み取れない。こんなわかりにくい法律を作ってはいけない。
 その他、問題点を列挙する。

・ 現職教員は講習を受けないと失効して免許状を返納しなければならないが、ペーパーティーチャーは講習を受けなくて期限切れになっても、講習を受け直すだけで先生になれる。
 これはおかしい。

・ いわゆる不適格教員として指導を受けている教員は、免職される前に退職してしまえばよい。そうすれば、免許が失効しなくてする。

・ 附則2条の「有効期間の定めがないものとする」と同条5項の失効条項に優先順位がつけていない。つまり5項には「附則2条第1項の規定にかかわらず」という文言が必要なはずなのに存在しない。これは、ミスではないか。
 附則2条第1項をタテにとって、「失効しないはずだ」という主張があり得る。


・ 断続的に勤務する非常勤教員が、現職教員なのか否か不明である。

・ 第9条に免許状の効力を10年としているが、これは、「新法施行以降に発行する免許状は」と限定すべきである。大きな混乱を招く。
 
・ 附則2条の、旧免許状には有効期限を設けないとする規定は、
 本則にすべきである。附則は、あくまでも例外規定であるべき。

・ 免許期限は10年 
 → でも、旧免許状は有効期限の定めなし 
 → でも、現職教員は10年で失効
 この構造自体に無理がある。現職教員だけでも約百万人、ペーパーティチャーも含めれば、さらに多い数の人が適用を受ける法律が、こんなにわかりにくくてはいけない。

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「効力は十年」と「有効期限を定めない」の矛盾

 「教育ニュース観察日記」というブログが、免許法改正案にとんでもない矛盾があるのではないかと指摘していた。

「教育ニュース観察日記」 私的解説・教育改革3法案

 実際に調べてみたら、私もうなづいた。
 免許法改正案第9条と、附則第2条の間の矛盾である。

 第9条 普通免許状は、その授与の日の翌日から起算して十年を経過する日の属する年度の末日まで、すべての都道府県において効力を有する。

 附則第2条
 .......普通免許状又は特別免許状を有する者については、第1条の規定による改正後の教育職員免許法第9条第1項及び第2項の規定にかかわらず、その者の有する普通免許状及び特別免許状には、有効期限の定めがないものとする。

 9条は「効力は十年間」と言い、附則2条は「有効期限の定めなし」と言っている。

 文科省側にはなにかしら独特の説明があるのだろうと思うが、さらりと読むと、矛盾としか思えない。

 教育3法は、ものすごい強行スケジュールで法案作成がなされたので、文言の検討が不足しているのではないか。また、この附則第2条は、見つかりにくいところにあるので、いままでの国会審議で見過ごされたことも考えられる。

 普通の人間にはこの免許法の条文は理解し難い。免許更新制の対象者は、現職教員だけでも100万人もいる。普通の人たちにわかる法律でなければまずいであろう。
 
 国会会期はあと十日であるが、国会議員たちが気付けば、「この文言での国会成立は無理」の可能性すらあるのではないか。

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免許更新制は実効がない

 教員免許更新制を導入する法律が、参議院で審議中である。しかし、この法案は「これで問題教員を排除できるのだ」というムードを政治力で押しこんでいるだけだ。この法律には実効がなく、金と労力ばかりかかり、現場は疲弊し、関係ないペーパーティチャーを巻き込んでしまうだろう。

 10年ごとの教員免許更新制は、問題教員の排除が目的だとみなされがちだが、実際は問題教員排除に役立たないと考えられる。理由は、

・問題教員がいたとして、最長10年待たなければならない。
・問題が起こったときになんらかの対処は為されたはずである。解決済みの
 問題を蒸し返すことになる。
・すでに「指導力不足教員の人事管理」が機能していて、屋上屋を架する。
・更新を拒否できるほどの客観的な適正検査は存在しない。

 ネット上でさまざまな角度から説得力ある論が出ているので紹介する。

教員免許、更新制導入は再考を  佐久間亜紀
朝日新聞「視点」に投稿されて、話題になった。

教員免許更新制の範囲
ジャーナリスティックな観点から、今回の更新制の政治劇を
よく捉えている。

法の建前と現実 第13回 教員免許の更新制について
教員の身分について、法的資料がしっかりしている。

免許更新制と教員受難のパラドクス 刈谷剛彦
刈谷氏は、「ほんとか、ちゃんとデータを示せ」をきちんという人。

教育職員免許法改正案の批判的検討 浪本勝年
免許制度の歴史に詳しく、資料的価値が高い

この法案で、「教員免許」が失効になる人たち 保坂展人
現実的な問題点の指摘

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