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思考と身体

 整体法を教えている方に、「力の抜き方」を教わった。理論ではなく、体験講座である。

 これは、「脱力」とは違う。身体は普通に機能する状態のまま、余分な力が抜ける。「力み」が抜ける、という表現が近いかもしれない。

 そうしたら、身体を動かすのが楽しい。受講者同士で手を振り回してもらうと、自分の手が自然についていく。これはおもしろい。
 子どものときの遊び感覚で動いているときを想い出す。
 力を抜いて動いていると、いつも身体とお友達でいるような、身体がオーラを放っているような感じがする。
 いつもの「~をせねばならない」から身体を動かしていると、身体は思考の奴隷になってただの機械になり、いつも悲しみが漂っている感じがする。

「人間がその肉体を重荷のようにひきずり回っているのが現代の特徴である。芸術に基づく真の教育は、一つ一つの歩みや手振りが子どもに内面的な喜びと満足を与えるものでなければならない。」 (R.シュタイナー 『現代の教育はどうあるべきか』より)

 シュタイナーのこの言葉は、深く人間性を捉えていると思う。いわゆる、「やる気」の問題に深く深く関わっていると思う。

 私自身、「しなければならないことがあるけれど、やる気がおこらない」、これで数十年間ずっと悩まされてきた。自分から望んだこと、やり遂げたいと思っていることでも、そうなってしまう。
 原因は、思考と身体の関係なのだと思う。

 学校教育の
・ ラジオ体操的な、形から強制していく体育。
・ じっと座っていなければならない授業。

 この二つが、そうとうな悪さをしていると思う。私自身、思考と身体の葛藤を植え付けられたのは、学校教育であることを実感している。
 シュタイナー教育だと、オイリュトミーという、不思議な踊りのような体操のようなものを持っている。
 サドベリータイプの教育だと、子どもの自発的な遊びに任せて、強制を避けている。

 このように、思考と身体の関係を深く問い直している教育も存在するのである。

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