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教育大発展の可能性

 経済・社会が大激動の時代に入ったと思う。このままいくと、不景気・財政難→教育水準低下が起こり、それがまた社会不安の元になるという悪循環になりかねない。特に、高等教育が大打撃を受けるだろう。
 しかし、教育によって新しい経済局面を切り拓いていくこともできる。

 ソニーの出井元会長が、昨年暮れにロイターのインタビューに答えて、おもしろいことを言っていた。

「規模の大きいことが良いことという20世紀の常識は崩れ、もはや日本は業態転換をしなくては生き残れない。中国が最新設備を使って低賃金でモノを作れる時代に、日本のメーカーが今さら国内工場で生産するのは理屈に合わない。
 ...例えばその患者にしか効かない医薬品など、これからは大量生産型ではなく、テーラーメイド型の産業が有望だろう」

 教育にそのまま言えることだと思った。
「その生徒にしか効かない教育方法」
これが、切実に必要とされている。多くの親がそれをどれほど望んでいることか。

 我々の教育は、一斉授業を行い、試験で生徒の品質を確認し、卒業証書というレッテルを貼って送り出す構造になっている。これは、工場の大量生産を模倣した教育方法である。教育そのものに内在する理由から、そうしているわけではない。

 特に学力が中低位の子供達に合った教育法の開発がどうしても必要である。現実問題として、現在の教授方法は彼らに合っていない。かれらは無能とみなされたりせきたてられたりする。あるいは失望され見放されてしまう。それでいっそう無能になる。この悪循環をやっている。
 欧米、とくにヨーロッパ諸国では、すでに個別教育がそうとうに開発されている。これは、マンツーマン教育ということではなく、授業の在り方、教科書のしくみ、評価の仕方などから根本的に違っているシステムである。1クラス規模が20~30人くらいでもできる個別教育なのである。

 オルタナティブ教育まで目を向ければ、シュタイナー教育、モンテッソーリ教育、イエナプラン教育など、はっとさせるようなものをたくさん持っている。これらは落ちこぼしを作らないことで定評がある。これらはみな、個性尊重型教育だが、日本人がイメージするような少人数教育やマンツーマン教育ではない。
 工夫のしどころはいくらでもあるのだ。


 教育は「この子の成長には何が必要か」から出発しないといけない。そのために手を尽くさないといけない。
集団授業には集団授業のよさがある。しかし、欠点もたくさんある。いくらでも柔軟な組み合わせを考えればいい。
それには、現在のクラス制度では無理だというなら別な仕組みを作ればいい。
教師の数がもっと必要だというなら増やせばいい。
教師だけでは無理なことがたくさんある。心理・医療・教育の専門家のバックアップがもっと必要だ。どんどん専門家たちを育てればいい。
別なタイプの教材が必要である。自由になんでも作ればいい。教科書検定制度など廃止すべきである。

 日本教育の最良の部分は、いい授業を作り出している。モノ作りでもそうだが、日本の教育は、たいへんなキメの細かさを持っている。日本社会は、人に対する敏感さを持っている。教育大発展を起こすための土壌としては、たいへんに恵まれている。
 あんなに子どもの心を掴むことのできるマンガやアニメを生み出した日本文化である。本気になってやれば、子どもの心を掴む教育を創り出すことができるだろう。もっともクリエイティブな才能が教育に流れ込んでくるように、教育方法の自由と教材の自由を確保すべきだ。世界が真似したがるような教育を作り出せるとおもう。

 お役所と教師達が、落ちこぼしを出しても平気な顔をしていられないように、一人ひとりの「教育への権利」をきちんと国内法制に反映させるべきだ。法律の条文だけで、教育発展を促すのに大きな効果がある。権利保障があると、お役所だって、落ちこぼれる生徒のための手厚いセーフティネットを作る予算が堂々と取れるではないか。これだけでも、人々に大きな安心感を生み出す。

 そうやって、教育に資金と労力が集まってくる。新たな雇用が生まれる。関連の、教育サポート機関や、教材開発産業などが育ってくる。それが経済発展というものである。
 
 「どの子も尊重される。どの子も伸ばす」を掲げて、教育大発展をやるべきだ。

 教育だけではない、福祉でも同じことができる。日本の産業構造で、教育や福祉ほどの潜在的成長力を持っているところがあるだろうか。自動車は飽和している、家電は飽和している。それをさらに宣伝で売り込んでも、タカは知れている。そうではない、人々がほんとうに必要としている分野が、成長分野なのである。
 まして教育は将来に有形無形の見返りが大きい。これほど、お金の有効な使いどころはない。

 教育も福祉も、営利的には運営されていない。だから、多くの人が経済ではないと思って見落としている。しかし、教育や福祉で、経済発展を起こすことが可能なのである。教育や福祉も立派な経済の一分野だ。そこに、雇用と金の流れがあるではないか。人々が益するものを生み出しているではないか。教育は、経済発展の原動力になれるのである。


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