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不登校は『制度公害』(7) 将来の心配

将来の心配

保護者の側に、子どもをなんとしても学校についていかせなければならない理由がある。日本の義務教育制度は、毎年一本の列車だけ用意して、そこに全員を乗り込ませようとしているようなものだ。「頑張りましょう。ここで勉強についてゆけないとたいへんですよ」なのである。なんとしてもこの列車に掴まっていないと、教育の機会を失ってしまう。

そのために、配慮の必要な子どもたちへの教育が、あまり発達しなくなった。普通なら「うちの子に合った教育を提供してほしい」という声が出てきて当然の人たちから、「みなと同じにしてくれ」という要求が出てくる。

学力不振、不登校、障害児などで、学校が別なクラスを用意しようとすると、親たちに不安と恐怖が走る。列車に乗れないことが確定するからである。

普通学級がよいか、別な道がよいかは難しい問題である。ケースバイケースとしか言いようがないし、教育方法にもよる。しかし、なんでも普通学級でいっしょがいいということはない。

保護者側は、うちの子に合った教育を提供してほしいと思い、またみんなと同じにしてほしいとも思う。そこで、学校がなにもしないでいると「画一的だ」という批判が起こり、なにか別の教育を作ると「差別だ」という批判が起こる。

それは、年齢ごとに一本の列車しか仕立てない、という構造を変えずに、ついてこれない場合にその列車に乗らなくていい措置だけを作るからである。「無理しなくていいよ」と、途中駅で降ろされてしまうようなものである。そのため保護者側に、「将来を閉ざされてしまう」「切り捨てられる」という恐怖が生じる。

もっと具体的に言えば、小中学校で皆と同じに勉強させてもらわないと、後で再履修できるチャンスがないのである。それは、進学の可能性を閉ざされることでもある。

欧米諸国にはたいてい、何歳になっても義務教育の内容を無料で教えてくれるシステムを作ってある。そのようなセーフティ・ネットが日本にないためである。

義務教育と脅す教育とは、まったく別のことである。
 

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