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道徳教育の無責任体制

道徳を教科にすることに反対です。

むかしむかし、ある国の王様が、すべての人をよい人にしようと思いました。
王様は、それは子どもたちの教育から始めなければならない思いました。王様は教育にくわしい学者たちを呼んで
「何を教えれば、よい人間になるのか」
と尋ねました。
学者たちは、頭を寄せ合って一生懸命に考えて
「自主、自立、自由と責任、向上心、個性の伸長、希望と勇気、相互理解、寛容、....」
とたくさんのよいことを言いました。
「どうやってそれを教えるのか」
そう王様は尋ねました。学者たちは
「それは私たちは知りません。私たちが知っているのは何を教えたらいいかだけです」
と言いました。

そこで王様は大臣に、
「どうやって、こどもたちによいことを教えたらいいのか」
と尋ねました。大臣は
「法律を作って、学校の先生たちに教えさせればいいのです」
と言いました。
「先生たちはどう教えたらいいのかね」
と王様が尋ねると、大臣は
「それは私も知りません。でも、法律で目標を決めて、あとは先生たちが工夫しなさいと言えばいいのです」
と言いました。

そこで王様は先生を呼んで
「どういう工夫をすればいいのかね」
と尋ねました。先生は
「そんな難しいことは、私は知りません。でも教科書を作ってもらえれば、その通りに教えることはできます」
と言いました。

それでその国がどうなったか、ですって?
子どもたちが大人の真似をして、みんなが「誰かさん任せ」にする国になったとさ。

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