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不登校は『制度公害』(5)

 社会的問題になるほどの「不登校」が生じるのは日本だけです。 「不登校」の原因は、いじめでも学力不振でもありません。それだったら、世界中にあるのです。子どもと学校が合わないときに、日本には他の教育手段がないことが原因なのです。不登校は『制度公害』です。

学校しかない 

 ある不登校の女子中学生とその母親が、私の私塾に来ていた。その子は、どこかに居場所と仲間を探していた。

 その子は、髪を茶色に染めていたが、地味な服装をしていた。彼女は無表情だったし、ほとんど無言だった。初対面による緊張ということもあるだろう。しかし、彼女からは、人とつき合いを持っていくためのオーラのようなものが消えていた。人と人が出会うとき、お互いの見えない手のようなものが出てきて、関係を探るものだ。彼女からは、その見えない手のようなものが出てこない。

 このような不登校の子どもたちに、何人出会ったことだろう。

彼らは、生きていくためのもっとも大事なところが、かじかんでしまっていた。強い恐怖と不安にさらされ続けたに違いなかった。

 母親が、おおまかな状況を説明してくれた。その子は、中学一年の秋から学校に行けなくなったという。

 私は本人に「どうして学校に行かなくなったの?」を尋ねない。詮索する関係になりたくはない。それに、本人が行かなくなった原因を説明できるくらいなら、こんなに追い詰められはしないものだ。時がたつと、「実は学校でこういうことがあった」と、本人から話してくるものだ。

 目の前にいる女の子の事情がなんであるか私は知らない。しかし、その子は「居場所と友達がほしい」のだった。それだけ聞けば十分だった。仲間ができると、次の一歩もおのずと出てくるものだ。

 だが、現在の教育システムでは、不登校の子どもの「居場所と友達がほしい」に応えることがとても難しいのだ。

 その親子は、教育委員会が提供する「適応指導教室」にも行った。

 そうしたら、指導教室側は、彼女が髪を染めていることを問題にした。それを直せと。彼女は、教室を続けられなかった。適応指導教室は、中学校にどう適応させるかだけしか考えていなかった。

 私も、ある適応指導教室を見学させてもらったことがある。それは、ミニ中学であり、時間割と制服があり、学校の先生たちが教えていた。授業内容だけは、緩やかだった。こういうやり方がちょうど合っている子どもたちもいるだろうと思った。「自由でいいよ」と言われるより、時間や制服で形を作ってもらうほうが安定するのだ。しかし直感的に、それは少数派だろうな、と思った。その後統計資料を調べたら、適応指導教室を利用する生徒の数は、不登校のだいたい一割だった。適応指導教室にはほかのタイプもあるが、どのようなタイプであっても、それに合っているのは一部の者だけである。

 親子は、民間でなにか道はないかと探していた。

 私のフリースクールは手狭で、新規の生徒を受け入れられる状態ではなかった。心あたりのあるところが二、三あったが、どこもすでに閉鎖していた。民間のフリースクールの多くは、経済的事情の苦しいところが多い。閉じる場合に一番多い理由は、経済的な理由だ。草の根フリースクールは、場所とサポートの大人を確保する割に生徒数が少なく、場所代、光熱費、人件費を捻出するのがたいへんなのだ。

 私は、とりあえず、居場所を紹介してくれそうな団体を紹介した。そして、たくさんの人が不登校経由でちゃんと育っています、ということを言う。

「中学時代は、欲をかかず、とにかく生き延びることですよ。高校の年齢になると、ぐっと楽になって道が拓けてきますから」

 ほかを探そうにも、中学段階では教育を学校が独占して、ほかの教育が存在しない。高校年齢になると、義務教育ではないし、教育手段がけっこう複線化しているし、プレッシャーがなくなるので、生きやすくなるのである。そのうちに、本人がアルバイトを見つけたり、進学の道をつけたりしてなんとかなっていくものだ。

このような親子に、たくさん出会った。

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