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教育委員会の歴史 番外編

 教育の歴史を調べていて、つくづく思うことがある。

 「何を教えるか」より、「ほんとうに子どもの感受性と観察力を尊重したのか」がはるかに重要であると。

 日本の戦前の教育は、小学生のときから「忠君愛国」を叩き込んでいた。それでさぞかし私心のない人たちが社会にあふれただろう、と思うと、とんでもない。「お国のため」をカサに着て威張りちらす人たちと、卑屈に権力者に迎合する人たちが、社会にあふれた。

 日本は無茶な戦争をやったあげく、1945年の敗戦を迎えた。日本人は「天皇陛下万歳」を叫んでいたから、アメリカに占領されても、激しい抵抗運動が起こる可能性はあった。そうしたら、あっさりと「マッカーサー万歳」を叫んだ。
 シベリアに抑留されていた人たちは、「スターリン元帥万歳」を叫んだ。

 アメリカやソ連がうまく日本人を支配したとも言える。しかし、権力に対して従順な日本人が育っていたから、うまくつけ込むことができたのである。
 なんのことはない、戦前の義務教育は、強い者に迎合することを教えこんでいただけのことである。

 戦後日本教育の最大の悲劇は、東西冷戦に巻き込まれて、文部省vs教員組合の対立を起こしたことだと思う。このときの国家側も教員組合側も、言うことが教条的だと思う。
 なんのことはない、戦前の教育は、党派的な結論を振りかざすことしかできない人たちを育てていたのである。その教育を受けていた人たちが、戦後に闘いを繰り広げた。 

 西欧の学校教育史は、教会と国家が教育権を奪い合った歴史である。どちらも相手の欠点はよく捉えている。
 「神」を敬うことを子どものときから叩き込んだらさぞかし敬虔で利己心のない人たちが育つかと思うと、「神」を持ち出してすべてを解決しようとし、宗教戦争を起こす人たちが育つのである。
 「国家」への忠誠心をもった人たちを育てれば、社会がさぞ良くなると思うと、国家権力に依存し、偏狭なナショナリズムを煽る人たちが現れるのである。

 教会だろうが国家だろうが、忠誠心を養成しようとする教育は、社会にとって破壊的である。

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コメント

学校なんて制度がもう寿命だよ。
「学校なんていらない」
http://plaza.rakuten.co.jp/nennenosshan/

投稿: ちゃりこ父 | 2013年8月12日 (月) 22時02分

敗戦国の長として処刑されてもおかしくなかった天皇陛下が助命されたから日本人もそこまで反抗心を募らせなかったんじゃないのでしょうか?
「マッカーサー万歳」を叫んだ日本人がいたかどうかは知りませんが、助命が決まったことで日本人の態度が軟化したとは聞いています。

“無茶な戦争をやったあげく”と戦争をやりたくて仕掛けたように書かれていますが、海外からの油を理不尽に止められて輸入再開に奔走した末にジリ貧でどうにもならなくなる前に下した苦渋の判断だったと聞いています。

私のほぼ倍を生きてる方に言いたくないですが、当時には当時の人にしかわからない事情があったんでしょう。
“戦前の人達は皆酷い教育を受けて育って可哀そう”みたいな論調はどうかと思います。

投稿: | 2013年10月31日 (木) 05時51分

初めまして。私は戦後に比べて戦前の学校制度がどうだとかいう話にはあまり関心がありません。本質的なテーマではないと思うからです。そもそも学校制度とは、動機がなんであろうと「国家による集団洗脳」の場所にすぎません。学校とは、「国家にとって都合の良い人材」を育てるところです。決して「子どもたちひとりひとりの幸せのため」にあるのではないのです。そんなことをしたら、国家がコントロールできない人間が育つ可能性があるからです。その時々の政府の立場や思想など、基本的にはどうでもいいことです。もしその時代の政府が左という立場なら「左」という教育=洗脳をほどこし、右という立場なら「右」という洗脳をすりこむだけであり、どちらも洗脳には違いありません。そもそも人間にはひとりひとり違う特徴があるというのに、それを画一的な洗脳に当てはめること自体が無理な話です。「無理」とは「理」が「無」いということです。無理なことをやれば、無理なことになるに決まっています。自殺者三万人を毎年出しているのは、根本からして「無理なこと」をしてきた結果ではないでしょうか。人の数だけ教育があってよいはずです。子どもたちの趣味嗜好をもっともっと尊重した教育があってしかるべきです。それが既存のシステムを壊すかもしれないとしても。そもそも既存のシステム自体うまくいっていないのだから。

投稿: ムスカ | 2013年11月12日 (火) 19時48分

> 戦前の義務教育は、強い者に迎合することを教えこんでいただけ

 多分その通りでしょう.そして,今の学校教育の中に,戦前が急速に復活して来ているように思います.

投稿: Ladybird | 2013年11月20日 (水) 22時32分

この国の教育は根本的におかしい。それは自虐史観によって誇りをもてなくなったからいうことではない。ネットではそんな見方が流行っているようだが、そんなものはどうでもいい的外れな議論だ。


私は「自虐史観」とやらを受けて育った人間だが、日本がダメな国だなんて一ミリたりとも思ったことはない。仮に日本がダメな国だと思っていたとしても、それが私の価値と何の関係があるのか?


高度経済成長期は「従業員」を育てるための教育が必要だった。経営者の言うことに従順で、せっせと働く人々を育てなければならなかった。いまや、そんな教育は時代に合わない。今はむしろ、「仕事を生み出すこと」に価値がある時代に変わっている。従順な従業員として育てたくせに、「今の若者には自立心がない」などという批判は若者の怒りを買うだろう。学ぶ科目ごとに採点し、競争させ、「よい点数」をとった生徒にはご褒美をあげるというやり方は、「従業員教育」そのものだ。

投稿: | 2013年11月28日 (木) 13時24分

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