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善が人間の中に根付くこと

 教育を、子どもの肉体と精神の発達の観点から捉えること。
 何をできるようにさせるかの教育ではなく。

 シュタイナーの教育論を読み直しています。「現代の教育はどうあるべきか」(人智学出版社)から、一部を要約します。第2章から。

 これをすべき、あれはすべきではない等々を絶えず教条的に聞かされてきた人は、善に対して無味乾燥な感覚しか持てない。

 7歳~14歳のときに、敬愛する教師が、自然な感情から示してくれる真であるもの、美しいもの、正しいものに共感することが、真、善、美への衝動を形作る。
 善を形成するのは知性ではない。

 9、10歳のときに、大きな変化がある。子どもは外界とうまくやっていけなくなり、おずおずして落ち着かなくなる。子どもは、この問題を概念化することも、言葉で表現することもできない。あるのは感情ばかりである。
 この時期、子どもは、教師が敬愛に値する存在であることを何らかの形で示して欲しいと感じている。子どもが教師から愛されており、要求に対応してもらっている、と気付くことが重要。

 人間は、14、5歳になって初めて、教師が判断力によって影響を及ぼすことにできる地点に到達する。それ以前に理詰めで教育されると、子どもの全人的発達が阻害される。

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コメント

私がフリースクールに通う前か通っている時にフリースクールで大量殺人が起きいればよかった。
なんでかって?こういうことだからだ↓
http://yabaiyiyiyi.blog25.fc2.com/blog-entry-724.html

投稿: 元・S | 2012年12月30日 (日) 01時51分

一二度、コメントしたはずですが、掲載されたか確認していない無責任な定年退職者です。
この記事の論旨がどのくらいの確率で成り立つのか私は知りませんが、こと、自分の過去を振り返ると、「その通り」と言ってしまいました。
私は並外れた悪がきでした。二つの会社でも、無責任ゴマすり男と陰口を言われていたはず。今も、定年後の教師の真似事では、ほとんどの先生に、かき回すだけの迷惑な奴と思われているのかも。
でも、全く気にしていませんでした。この記事を新年に読んで、この論旨が教示する通りになるかもと嬉しくなり、また無駄かも知れないコメントを書きました。ありがとうございました。

投稿: tsuguo-kodera | 2013年1月 2日 (水) 07時56分

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