« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

”教育”と呼ばれるこの野蛮な風習

 ブログの更新の間をずいぶんとあけてしまいました。いつも読んでくださる方々、すみません。健康は大丈夫か、とご心配いただきました。大丈夫です。

 多忙でした。
多忙でしたが、でも、ブログをまったく書けないはずなどありません。
なにか新しいものが感じ取れるけれど、表現の道が見つからないんです。

 言葉が及ばないところに入っていく道を見つけた。十代のうちは住んでいることのできた王国に、少しは戻ることができるようになった。

 そうしたら、すべての結論は浅薄だと感じられてしまう。

 人間の中に、クリエイティブそのもの、感受性そのものみたいな世界があって、言葉はその影みたいなものです。
 もちろん、言葉には言葉の役割があります。言葉は役に立つものです。欲をかかずに、有用性に徹して、言葉を使うべきです。

 たとえば、ふっと言葉が浮かびます。
「”教育”と呼ばれるこの野蛮な風習」
 お、いい言葉だ。あるイメージを強烈に喚起するでありましょう。
 いわゆる教育って、ほんとに野蛮だな。
 子どものときも思った。大人になっても思った。今も思う。
 で、「”教育”と呼ばれるこの野蛮な風習」みたいな言葉をたくさん思いついて、それを言うとそれなりに喝采してくれる人たちがいて....、みたいなことをしてきたのですが....。
 それは、それでいいのですが....。
 それだけじゃなくて、責任を持って日本教育の分析をして、処方箋も書いて来たのですが....。

 タゴールの詩を想い出します。
「私が歌いにきた歌は、まだ歌われていない」
(「ギタンジャリ」 第13歌)

 6年前に体調を崩して仕事を絞っていたのですが、今年の春から、また新しく子どもたちと関わっています。自主保育的な幼児教育と、中学生相手の寺子屋。

 子どもを相手にしていると、少しは、自分の歌を歌った気がします。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ  ブログランキングに参加しています

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »