« 「1Q84」 単純な世界観から抜け出すこと | トップページ | えこひいき »

社会問題の根幹と思えること

 これは社会問題の根幹に関わるんだ、と思える教育問題について。

 ストレスの大きい生き方をする人たちに、大きく言うと2種類あります。

 一つは、他人と摩擦を起こさないことを最優先させて生きる人たちです。他人と対立しそうになると、すぐに自分の考えを枉げます。世の中の多数派や、目上の者の言うことは全部正しく感じられる。内面の考えは、どこかで聞いた意見のパッチワークになっています。
 こういう生き方をしていると、物事そのものがどうなっているかの判断が育ちません。判断が悪くて、いろんな失敗やストレスを生じる。それでますます自分で考えなくなります。
 人間ジャングルの中で適応するためにはいいのですが、そのためだけに他の能力を捨ててしまったようなものです。

 もう一つは、自分の考えと自分の方式をかっちり築き上げて、他人が入り込むのを許さない人たちです。表面的な儀礼は守りますが、自分が正しくて他はみんな間違っていると思っています。孤立しやすく、世を恨みやすいです。きらっとしたものはあるけれど、多くのことで独善的になります。いったん指導的な立場につくと、他人に言うことをきかせようと、権威的、権力的になりやすい。そうなると本人もストレスを感じますが、それ以上に周囲の人のストレスが大きいです。

 社会問題はいろいろあるのですが、追従癖を身につけることと唯我独尊癖を身につけること、この二つは社会問題の根幹に関わる問題だと思うんです。人間たちが明晰さを失ってしまい、すべてのことに判断が悪くなるのです。

 私自身、この二つのどちらもやらかしましたねえ。どちらも、怖いからやらかすことなのだ、ということを身をもって学びました。正反対のことに見えて、実は同根なのです。

 十代のうちくらいは、どちらのタイプも、「愚かだなあ。自分があんなになるなんてあり得ない」くらいにしか思っていなかったんですけどね。
 会社勤めをして、年功序列、先輩後輩社会など気にせず生きてやろうとしました。そうしたら反発を買って、こんどは恐怖の塊になって何も主張できなくなってしまいました。

 子どもたちに勉強を教える立場になって子どもたちがつまづくのを観察すると、たいへん粗略な分けかたではありますが、この2種類が大きな原因になっています。
 間違っていると言われるのが怖くて、自分の答えを持とうとしない。
 すでに知っていることに固執して、新しい視点を獲得しようとしない。

 どちらも動物的な防衛本能から来ています。考えてそうしているのではなく、恐怖感から身につけてしまうのです。本人には見えない。他人のは見える。だから、指摘したくらいでは修正できなくて、動物的な安心感のところに働きかけなければならない。簡単ではありません。

 家庭でのしつけや社会組織の教育力まで含めて、強圧的な教育、賞罰・競争で動機づける教育が、恐怖をはぐくんでいるんです。

 目的は手段を選びます。物事がよく見える賢い人間を育てないなら、権威・権力に訴えてはいけない。賞罰・競争に訴えてはいけない。恐怖から身につけたものは、明晰さがない。
 教育は、本来は、何がどうなっているのか、よく観察し考える力をつけるためのチャンスなのです。ところが、結果を出すためによからぬ手段で動機づけるようになると、人間と社会に大きなダメージを与えます。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ  ブログランキングに参加しています

|

« 「1Q84」 単純な世界観から抜け出すこと | トップページ | えこひいき »

コメント

未熟だった母親が、恐怖を育むような子育てだったと気がついたら、子どもに何をしてあげられるでしょうか。不登校を経験した20歳の娘です

投稿: 川村 | 2012年4月26日 (木) 16時34分

 川村様、良心的なことを尋ねていただきました。
 すごく単純な答えがあります。
 いま、お嬢さんの近くにいって、お嬢さんのあるがままに思いを寄せることです。深いことを推測する必要もない、何を考える必要もない、ただあるがままを見ることでいいのです。顔つき、身振り、呼吸のしかた、そんなような、気がつくことなんでも気がついていればいいのです。心の中で幸せを祈ってあげてもいいです。
 誰かが、自分のあるがままに注意を向けてくれると、自分自身であることができます。そのとき、ふっと知恵が動き出すのです。
 人間の中には、誰にでも、いつでも、深い知恵が流れています。失敗した人にも、苦しむ人にも、まったく分け隔てはありません。
 いま、この瞬間、私たちは生命そのものなのです。生命の知恵が途切れることはありません。

投稿: 古山 | 2012年4月26日 (木) 18時27分

知恵が動き出すとはどういうことですか。

自分の子育てに気付いたときから、あるがままを見守ってきましたが、あえて言葉なんて必要ないのでしょうね。私はつい中途半端に言葉を付け足してしまいます。

そんななかでも、娘は同じ境遇の愛する人を見つけることが出来ました。以前より生き生きして見違えるようになりました。
それでも時々
孤独感に襲われるのでしょうか。それを取り除いてやりたいのです。

投稿: 川村 | 2012年4月27日 (金) 15時44分

川村さん、よく生きていらっしゃったのですね。お嬢さんが、ときどき孤独感に襲われるらしいことに気がついていること、そのこと自体が知恵ですし、優しさだと思います。そのままでよろしいのではないでしょうか。家族同士、とくにどうしようと考えていないほうが、うまく行動にあらわせるものです。

投稿: 古山 | 2012年5月 3日 (木) 20時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/209056/54540157

この記事へのトラックバック一覧です: 社会問題の根幹と思えること:

« 「1Q84」 単純な世界観から抜け出すこと | トップページ | えこひいき »