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2012年1月

キョロキョロすること

 だれでも、考えごとにふけって、心ここにあらずという状態になっていることがありますね。
「あいつにあんなことを言われたけれど、その本心はこういうことだろう」、
「あしたの発表は、こう言おうか、ああ言おうか」
というようなことを考えていて、周りの物音も聞こえないし、周りの状況も最低限しか見ていない状態です。

 そういうとき、目は何を見ていますか。

 目をつぶっていますか。

 そうではないはずです。
 もし、自分が考えにふけっているとき、目が何を見ているかに注意できたら、視点がひんぱんに動いていることを発見されると思います。0.1秒くらいの単位で、ひゅっ、ひゅっと見ているものが移動しています。
 視点が固定されると、見ているものに注意が行ってしまうので、思考にふけることができないのです。だから、ひんぱんに見ているものを変えているのです。

 この自己観察は簡単ではありません。観察しようとすると、思考にふけった状態ではなくなってしまうからです。でも、思考に入り込みかけたときなどに発見できると思います。

 そうしたら、授業中にキョロキョロしている子の状態が理解できるはずです。

 あの子たちは、あなたが考え事をしている時の、あの状態にいるのです。

 考え事にふけるのはどういうときでしょうか。怖いことや心配なことがあるときですね。考えている内容は、いろいろです。過去の出来事を反芻していることもあります。おもしろかったテレビドラマのことかもしれません。とにかく、考えているときは、怖いことや心配なことを感じなくてすむのです。

 授業中にキョロキョロしている子は、だめな子、いけない子ではないのです。彼らは、恐怖、不安、から逃れようと必死になっている状態なのです。体調不良のこともあります。
 そうとわかれば、その子を責めなくなるはずです。その子の恐怖や不安を取り除くにはどうしたらよいかを、観察し、研究するようになるはずです。 

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危機の時代だからこそ

 私は、政治にも経済にもいつも興味津々です。思うことは多いです。でも、人間が結論を覚え込んでは自分や他人を指揮しているかぎり、人間は孤独であり、傷つきやすく、戦いから抜け出せないでしょう。そういう人間たちが社会改革をしても、暴力や欺瞞にとりつかれるでしょう。
 そこをなんとかできるのは、教育だけです。教育だけが希望だと思って、政治経済にはほとんど触れずに、教育で発言しています。

 なのですが、今の世界状況は危機的だと思います。

 ギリシャの国債問題に発した欧州の経済危機は、不良債権の誘爆をつぎつぎと起こして、世界的金融恐慌にまで発展しそうです。各国政府も中央銀行も、リーマンショックのときに全力出動したので、救済する余力は大きくない。

 イスラエルとイランがいつ戦争勃発となってもおかしくありません。この戦争が起きたら、核兵器が使われそうです。おそろしいことになるかもしれません。
 世界には、他にも紛争の火種だらけです。

 2012年は、激動の年になると思います。世の中は騒がしくなるでしょう。

 そう言っているからといって、警鐘を鳴らしたいのではありません。

 「だからどうした」、を改めて言いたいのです。

 恐慌も戦争も、社会の慢性病が症状となって吹き出すだけです。その時になって「けしからん」と騒いでも手遅れです。
 恐慌? 戦争? だからどうした。
 

 それより、なにが根源的なのか、です。第一次大戦、第二次大戦であれだけ懲りたのに、人類はまだ搾取と戦争をやめない。

 教育だけが希望を持っています。
 人間自体が深く変容しないといけない。

 理解力に富み、愛に満ちた次世代を育てることです。子どもが欺瞞を見抜く目を大事にすることです。教育さえしっかりしていれば、どんな廃墟からでも立ち上がれます。30年後は、かえって明るいのです。

 子どもたちの野心をかき立て、賞罰で誘導し、競争で走らせる教育をやめましょう。教育を人材養成だと考えるのをやめましょう。教育とは、子どもたちといっしょに、世界の驚異と美に目を見張り、幸せに生きる道を発見することです。
 平和を教えても、平和は訪れない。平和に教えたときだけ、平和がやってきます。

 迂遠だって? 
 いえいえ、とんでもない。唯一の道です。

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子どもは現在に生きている

 けさ起きて、すべてが美しく、新鮮でした。そういう日があるものです。
 壁の木目がおもしろくて、模様をたどりたくなりました。床の上のゴミを拾うだけで楽しく過ごせそうです。
 あ、これが子ども時代の気分だ。そのことを思いだしました。

 何かをせねばが先にあるのではなく、世界が美と驚異に満ちているから世界と戯れる。気がついたときには、なにかをいじっている。

 計画や目標が先にあるのではなくて、事物が先にあるのです。
 

 そう言うと、注意力欠陥障害みたいに自分の置かれた立場がわからないことを思い浮かべてしまうかもしれません。でも、実際の私は大人です。きょう、しなければならないことは知っています。
 大人としての責務を持って生きることと、この世界が美と驚異に満ちていると感じられることは両立できるのです。

 月並みな言い方ですけれど、頭とハートが調和していること。自分の言葉の部分が、他の部分をいつも命令指揮している関係ではないこと。自分の命令に従うロボットではないこと。

 それが教育の目指すところだと思います。

 子どもは現在に生きています。
 そして、現在だけが実在なのです。人間としての充実を感じられる感覚や感情は、すべて現在にだけあります。思考だけが、過去や未来に入り込んで行きます。でも、過去も未来も、素材は記憶と思考でできています。
 過去や未来で生きると、生きることの大事な部分が抜け落ち、美と驚異が見えなくなるのです。

 それなのに、今の教育は、思考ばかりに重点を置き、外部から与えられた目標に従って行動させることにばかり目がいきます。

 思考には思考の、しかるべき役割があります。
 それが見えている人がカリキュラムを作り、教育法を編み出し、子どもと接することです。それがすごく大事なことなんですね。人間全体として生きている人間が、人間全体としての子どもと接する。教育は、そういう関係の中から、いつも生まれ出るものです。

 教育を、官僚機構が管理してはいけない。官僚機構というのは、「決められたことをきちんとやる」ためにある組織なんです。精神の躍動を支援するには向かないのです。学校をお役所にしてはいけない。教育は、教育を実際にやっている人たちから生まれるようにしないといけない。教育が責任をとる対象は、こどもと保護者です。官僚機構ではない。

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大阪市教委と橋下市政

 大阪市の教育長が、大阪市長選挙で橋下氏が当選したあと、教職員の発言を「指導監督」するようにという通知を、校長や園長宛に出しました。
 教職員のどんな「不見識」の例があったのかは知りませんが、この通知はもっとまずいと思います。教職員一般の、橋下市政に対する批判封じとして働くからです。政治的には、大阪市教委が橋下市政への恭順の意を表した、と読めます。教育委員会は、教育を政治から独立させるための機関のはずです。

 批判の自由は大事なことです。自由に批判させる度量のないところは、問題のあるところが多い。
 大阪府教育基本条例が提出されている現在、当事者である教職員に自由に発言してもらわないと、現場の実情と意見がどうなのかがわかりません。「日教組が....」と言う人たちもいますが、大阪府の日教組組織率は20%くらいです。
 
 

 通知はつぎのようなものです。

教委校(全)第83号
平成23年12月28日
各 校園長 様
教 育 長

民意、選挙、公選首長と公務員、行政と政治についての基本認識の徹底について

去る11月27日の大阪市長選挙の後、本市職員が報道各社からの取材を受ける機会が多数生じておりますが、その際の本市職員の不見識な発言について、市民から厳しいご意見を頂戴しているところです。
本市の政策方針は市民の総意によって選挙で選ばれた市長及び議会が各々その権限を行使することにより決定されるものであり、また、市長は本市を統括し、代表するものです。
公務員である以上、これらのことを十分理解しなければならず、これに反する軽率な行為は、社会通念上も極めて不見識と評価され、本市の信用失墜に繋がるものであることから、厳に慎まなければなりません。
ついては、軽率な意見の表明や行動により本市行政に対する市民の信頼を損なう事態を招くことのないよう万全を期すため、校園長におかれましては、教職員一人ひとりに対し周知徹底を図っていただくとともに、指導監督に一層努めていただきますよう要請します。

(資料)
http://blog.goo.ne.jp/kimigayo-iran/e/86d1f087534c17941d200d0ab47965d4

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