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2011年3月

冷却水の蒸発が続いている

 下の記事を書いてから調べを続けていました。原子炉内で蒸気になった冷却水の多くが、タービン室で水になってたまっているようでもあります。どれだけが大気中に出ているのかは、不明です。その前提でお読みください。(3月31日 午前10時)

 原発に関する報道で、マスコミは、発電所内の汚染水に目を向けている。しかし空気中への放出は注目されていない。これまで空気中に大量の放射性物質が放出されているし、今も放出は続いていると思われる。

 これまで、環境に大量にヨウ素131とセシウム137が放出されている。この2種はいずれも水溶性であるから、蒸発した冷却水の中に含まれていたものである。

 福島原発から約25km北の地点のダストサンプリングで、29日に30ベクレル/立方メートルのヨウ素131が検出されている。これは、空気を吸引して測定した結果である。

 朝日新聞3月30日夕刊によれば、現在でも崩壊熱により毎分80リットルの冷却水が蒸発しているという。この蒸発した冷却水はどこにいくのか。これまでも放射性物質が大量に大気中に出ていることからして、かなりは大気中に出ていると思われる。

 一炉あたり80リットルとして、破損している4基の合計で毎分320リットルの冷却水が蒸発している。この冷却水は、燃料棒に直接触れて冷却している水であり、放射性物質を含んでいる。

 崩壊熱は今後も発生しつづけ、半年後でも約半分にしかならない。

 蒸発した冷却水中のヨウ素とセシウムは、目に見えない水蒸気や、空気中の水滴、に付いて浮遊し、風と共に移動している。
 雨が降ると、地上に落ちてくる。

 今夜から雨が降る。この雨には注意が必要である。また、その後の水道水中の放射性物質に注意が必要である。

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水道水中の放射線値上昇について

 3 月23日から関東一円と東北地方南部で水道水中の放射能値が急上昇しました。これは、21日から22日にかけて降った雨によるものです。

 原発から放出された放射性物質は、一部は地上に降下し、一部は空気中の水蒸気や水滴と結びついて漂っています。そこに雨が降りますと、空気中を漂っていた放射性物質が雨とともに地上に落ちます。すでに地上に落ちていた放射性物質ともども、一部は土壌にしみこみ、一部は河川や湖沼に流れ込みます。

 この河川や湖沼から水道水を採取している場合は、水道水中に放射性物質が現れます。実際、雨から2日程度たって、雨水が河川や湖沼に流れ込む時になって、水道水中の放射能数値が上がりました。

 今後、この数値は減少します。しかし、いったん土壌にしみこんでから河川に出てくる部分もありますので、ゼロにはならず、ある程度の数値が続きます。河川の場合は、どんどん海へと流れますので、減少するのは早いです。湖沼の場合は流入した水がたまっていますので、減少は遅いです。

 水道水中の基準値はヨウ素131の場合、300ベクレル/リットル、小児の場合は100ベクレル/リットルとなっています。放射線の場合、安全か危険かはすべてグレーゾーンでして、これ以下ならまったく安全というラインはありません。 この基準値は、他に代替手段がない場合、短期間なら、摂取しても問題は起こさないでしょうという数値です。なるべく身体に入れないほうがいいです。

 ヨウ素131は、原子炉事故があると大量に出てきます。しかし半減期が8日と短く、3ヶ月経てば4000分の1程度に減ります。やりすごすことができるものです。
 もう一つ問題となる放射性物質にセシウム137があります。こちらは半減期が30年と長いので、なかなか困る代物です。

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昆布は有効

 原子力発電所から放射性物質が環境に放出された場合、最初の2~3ヶ月くらいは、放射性ヨウ素がもっとも大きな問題になります。

 ヨウ素剤が有効であることは知られていますが、これは若干の副作用もあります。一般には手に入りにくいものです。
 もともと食品であるもので摂取することができれば、それにこしたことはありません。昆布がヨウ素を多く含むことは有名ですが、昆布の摂取で十分な量を取れるという説と、多量に必要なので食べきれるはずがないという説の両方を、ネット上で見かけました。
 そのため昆布のヨウ素含有量を調べてみました。

 昆布には、1gあたり1.3mg程度のヨウ素が含まれています。
 ヨウ素の食事からの一日あたり摂取量は1歳で0.05mg、大人で0.13mg、授乳婦で0.27mgです。

 一日に昆布1g程度で十分な量を摂取できます。

 主に、次の資料を参考にしました。昆布以外の食品についても含有量が出ています。よい資料です。
「ヨウ素とは」
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail680.html

 この中で、昆布の数値が飛び抜けて高いので、ミスプリントではないのか、学術論文で確認をとりました。大丈夫でした。
「日本で市販されている食品中のヨウ素含有量」
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/63/4/63_724/_article/-char/ja

この論文で、コンプ中のヨウ素は煮汁の中にかなり出ることもわかりました。煮汁まで飲むといいです。

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新規に放射性物質放出の可能性 今日中にも

 当ブログは教育に関するブログなのですが、多くの人にとっての緊急事態なので、原発を取り上げています。

 新たな放射性物質放出の可能性があることをお伝えします。今日起こる可能性もあります。

 日経新聞の記事をもとに解説します。

日経3月24日 夕刊
福島第一原発 3号機の注水を再開

 一方、1号機は24日午前11時半に中央制御室の照明点灯に成功した。原子炉建屋では原子炉格納容器の圧力が上昇。22日午後3時半に1.8気圧だったが、23日午後4時に3.6気圧に上がった。経済産業省原子力安全・保安院によると、設計圧力は5.28気圧だが上昇が続くならば、弁を開放して原子炉内部の蒸気を外部に放出する排気作業も検討する。
 排気作業はセシウムなどの放射性物質が外部に放出される恐れがある。東電は24日午前2時半から原子炉への注水量を1割減らし、原子炉の圧力や温度を調整している。保安院によると、圧力は24日午前5時には4気圧に上がったが同7時の時点でも4気圧と横ばいで、「圧力が少し落ち着き、(排気の必要性は)少し遠のいた」とみている。

 これによりますと、22日午後3時半から23日午後4時までのほぼ24時間の間に圧力は1.8気圧ほど上昇しています。また、24日午前5〜7時には4気圧程度で横ばいです。

 一日に1.8気圧という上昇が22〜23日に実際にありました。現在の発熱は放射性物質の崩壊熱であり人為的に止めることはできませんので、また圧力上昇が起こる可能性は大きく、そうしますと1号機格納容器はすぐに設計圧力である5.28気圧を超え、原子炉内蒸気の外部放出が必要になります。

 今日中にもそれが起こる可能性は大きいと思います。

 原子炉内の蒸気は、放射性物質を大量に含んでいます。

 やむを得ずこれを放出する場合、政府と東電は事情を説明し、ダムが放水するときに危険を知らせるのと同様に警告を出し、放出後の経過を監視しデータを報告すべきです。

 当面、役にたちそうな情報を紹介します。

リアルタイム風向風速 気象庁

http://www.jma.go.jp/jp/amedas/206.html?elementCode=1

ドイツ気象庁による風予測(日本列島、日本時間)http://meteo.sf.tv/sfmeteo/prognosen_japan.php?q=japan

 緊急時は、リアルタイムのデータでないと間に合いません。茨城県東部には東海村があるため、放射線データをリアルタイムで出すシステムがあります。これが役に立ちます。

放射線テレメータ・インターネット表示局

http://www.houshasen-pref-ibaraki.jp/present/result01.html

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危機はまだ脱していない

 原発の行方に関心があります。私は、第一種放射線取扱主任の資格保持者です。

読売新聞によれば(2011年3月24日01時21分)

 原子力安全委員会の班目春樹委員長記者会見。
 「(水素爆発した)1号機の核燃料はかなり溶融している可能性がある。2、3号機に比べて、最も危険な状態が続いている」と指摘。原子炉内の温度、圧力の異常上昇が続き、危険な状況にさしかかっているとして、「(炉心が入っている)圧力容器の蒸気を放出する弁開放を行い、炉の破壊を防ぐ検討をしている」ことを明らかにした。

 危機はまだ去っていません。

 私も原子炉がどうなってるかの資料を集め、検討しています。不思議なことが2点あります。

1 水素ガスと、放射性物質はどのようにして原子炉の外に出てきたのか。

 この水素は、圧力容器内で、核燃料棒と水が反応してできたものです。放射性物質も圧力容器内で発生したものです。(検出された放射性物質は、半減期の短いヨウ素131の比率が高いです。これは、運転した直後の燃料棒からでたことを示しています。使用済み燃料ならとっくに減衰していてごくわずかしかないはずです。)

 圧力容器は密閉されています。その周りを包む格納容器も密閉されています。それなのに建屋内で爆発がおこりました。外界で広く放射性物質が大量に検出されています。
 水素ガスと放射性物質は、どういう経路で、圧力容器と格納容器という2重の密閉された壁の外側に出てきたのでしょうか。

2 なぜ、圧力容器と格納容器は爆発しなかったのか。

 現在の発熱は、控えめに見て3Mw(メガワット)程度と推定されます。運転停止直後は、十数Mw程度あったはずです。冷却機能がない状態では、内部の水蒸気の圧力が高まり、圧力容器も、格納容器も耐圧限度を超え、爆発したと思われます。
 しかし、それは起こりませんでした。
 なぜなのでしょうか。

 報道されているのとは違う、未知の出来事が進行していると推測しています。

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危機は脱したか、まだか

 福島第1原発では、使用済み核燃料への消防車による放水が行われています。放水の姿と、何トンの水が入ったかが報道されています。

 しかし、もっとも重要なのは、原子炉本体の危険です。その時に、使用済み燃料に対策をしているのはなぜなのかという疑問を持ちました。
 見当違いのことをしているか(もちろん、使用済燃料の対策もしたほうがいいのですが)、原子炉本体は大丈夫と見極めがついたかのどちらかではないかと思います。

 そこで、原子炉本体の現在の発熱量の推定を試みました。
 福島第一原発2〜5号機の出力は1基あたり78万kwです。
http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/intro/outline/outline-j.html

 原子力発電は運転を停止しても、核分裂で生成した放射性物質の放つ熱で温度が上昇します。この発熱は時間とともに減衰します。
 広瀬隆という人が、テレビ番組で減衰のグラフを示していました。
http://www.youtube.com/watch?v=37sStCJjH14

 これによると100万kwの炉で停止直後で熱出力は18万kw、一日後に1万5千kwくらいです。78万kwの炉なら一日後で約1万2千kw。
 熱出力の最初の一日の減衰は早いのですが、これは半減期の短い物質が急速に崩壊するためで、その後の減衰は遅くなります。その後の発熱の中心となるヨウ素131の半減期は8.1日です。いろんな物質が入り交じって推定は困難なのですが、崩壊の早い物質がまだある時期なので、事故から7日後には、さらに3分の1になっていると仮定します。そこで、4千kwの熱出力とします。

 圧力容器の体積を計算すると約540立方メートルでした。この水は、タービンを直接回していますが、現在は循環が止まり容器内にとどまっているとして、約500立方メートルの水があります。
 計算すると水1gあたり、0.008ワットの熱を受けます。これは、毎秒約0.002度の温度上昇になる。一時間あたりだと約7度の上昇。
 つまり、冷却されていない場合、24時間で約170
度の上昇があり得ます。冷却は一切ないという仮定です。
(水当量を4.2J/cal としました。高圧の場合には変化するのかどうかの知識がありません)

 推定に頼るしかないデータが多く、最大での数字を見積もっています。誤差はたいへん大きいと思いますが、1桁違うということはないと思います。
 もし170度/日の上昇とすれば、まだ、安全とはいえない数字です。
 冷却できていて、発熱量より、運び出す熱量が多くなっていれば心配ありませんが、炉心への水循環が止まっている炉では、現在も高温による燃料棒溶融の危険があると推定します。

 現在、放水など使用済燃料への対策に回っているのは、炉本体が安全だからではなく、炉本体にできることがないので、対処可能なことをしているのだと推定します。

 危機があるとき、事実を示すデータなしに楽観することも、怖れることもよくありません。
 
おおざっぱでよいから、危機の大きさをつかむための計算をしています。事実との違いが大きい可能性があること、ご了解ください。

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原発事故 見通しと対策

 教育のブログなのに、いきなり原発事故の話で、申し訳ありません。私は大学は理系で、私塾では物理も化学も教えます。第一種放射線取扱主任という国家資格を持っています。
 理科の授業を始めたと思って、ご容赦ください。緊急に発信したいことがあります。

 大地震と津波のあと、冷却能力のなくなっている原発が数基あるとの報道に、びっくりしました。
 さっそく、調べ始めました。調べる目的は、「チェルノブイリみたいになるのか、ならないのか」でした。

 その危険はあります。大量の放射性物質が放出される可能性があります。
 現在、可能性は小さくなりつつありますが、まだ危機が去ったとは言えません。(3月19日15時)
 冷却システムが回復し、原子炉内の温度と圧力が低下に向かっているとのはっきりした数値が出るまでは、危険を否定できません。

 たいへんよい資料がネット上にあります。
 原子力発電所の仕組み、事故の可能性、事故時の対策について、的確に解説しています。専門家たちが練り上げたもので、これがベスト、と言える資料です。一般の人を対象に書かれています。

JSA福岡核問題研究委員会編
 『原発事故−その時あなたはどうするか!?』
 (合同出版,1989年)

日本科学者会福岡支部
http://jsa-t.jp/local/fukuoka/

にpdfファイルになっています。
この資料は、広める価値があります。
 

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教育の目的は学力か

 われわれがもっとも困っていること、苦しんでいること、それは多くの人が先入観の固まりで、理解力がなく、偽善的であることではないだろうか。これは、非難したいのではない。それらは、みな苦し紛れから生まれた行動であり、自分もやっていることだと理解したときにのみ、解決があるのだと思う。

 先入観、理解のなさ、偽善は、パターンを覚え込んで生きているために起こる。ほんとうに起こっていることを見ていない。
 自分の感受性で物事を見ることより、すでにできているイメージを呼び出して繰り返したほうが安心できるからだ。

 個人生活で私がもっとも苦しむことは、それは一緒に生きるしかない家族や職場の人間が、私のことを出来合いのパターンで見ていて、私がほんとうに感じていることやほんとうに考えていることを理解しないことだ。
 子どものときの孤独感を思い出す。大人は、理解しなかった。大人は結論しかもっていなかった。
 それは、多くの夫婦の孤独感でもあるだろう。

 仕事をする立場なら、私がもっとも苦しむのは、上司、同僚、部下などが、状況を見ずにパターンに従って不適切なことをし、それに対して意見することもできないことだ。

 先入観、理解力のなさ、偽善、それら解決するのが教育のはずだ。しかし、現実の教育は「〜をできるようにする」にとらわれて、考えもせずに利害や強制に訴えてしまう。そこに恐怖が生まれる。

 恐怖があるとき、パターンへの依存が生まれる。怖いから、やみくもにパターンを覚えて対応しようとするのである。学校での試験への対応ならまだよい。社会に出てから、自分にも他人にも大きな苦しみをもたらしてしまうのである。

 教育は、結果よりプロセスのほうがはるかに重要だ。教育の目的が学力とは思わない。

 親が、「なにやってんの、あんたは」と怒鳴るとき、教師が「内申に響くぞ」とチラつかせるとき、私はヤクザがドスをチラつかせているのを見るような気がするし、汚染をまき散らす工場を見るような気がする。

 教育が、露骨なあるいは微妙な形で恐怖に訴えて行われるとき、われわれは、個人と社会を壊しているのではないだろうか。

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大学入試問題漏出事件

 大学入試の問題が、試験時間中にネット上に漏れ、解答を求められたという事件が大きく報道されている。

 そんなに大騒ぎすることかなあ、と思う。
 このカンニングはすぐに明るみに出てしまう。やった本人が誰かもバレやすい。拙劣なカンニングだ。「ある受験生が携帯を使ってカンニングを試みたが、ネット上に公開で答えを尋ねたのですぐにバレてしまった」という、お笑い記事なのだと思う。

 それなのどうしてこんな騒ぎになり、コブシを振り上げることになのだろう、むしろそれが不思議で考えてみたくなる。
 もっと、巧妙にやれば、携帯とネットを利用して何が起こるかわからない、という不安。それもあるかもしれない。

 でも、やはり「入試は、公正かつ厳格に行われなければならない」から、こんな騒ぎになるのであろう。

 しかし、しかしである。
 ほんとうに入試は公正かつ厳格なほうがいいのであろうか。よく、考えてほしいと思うのだ。入試が公正であれば、人を見分けることができるのか。
 カンニングをしていいという意味ではない。そうではなくて、入試の意味を、もっと深く考えてほしいと思う。

 なぜ、入試が公正か厳格であってほしいのか。

 どんな入試をやろうが、人のほんとうの能力を見ることなど不可能である。おおよそのことの目安にはなる。だが、どんなに試験方法を工夫したところで、その試験方法に合うかどうかを見ているだけであり、まして、本人の将来性などわからない。それは教育界の常識であろう。
 ほんとうの能力などわかりっこないから、代用としてペーパーテストをしているにすぎないのである。


 入試の公正さ、厳格さが求められるのは、その大学の質を維持したいからとしか思えない。一流大学に、一人でもカンニングで入学したとんでもない学生がいると、その大学全体が信用を失う。特に大学関係者とその大学のOBは、大学の質の維持に敏感であろう。
 それから、「私達の指導に従って勉強すれうば報われる」とする、高校や予備校の関係者であろう。そして、その指導に従って労力を投資し、「まじめに勉強した者が損をするのは許されない」とする受験生であろう。

 ようするに、既得権益の維持ではないか。
 ○○大学卒ということをレッテルだけで通用させたい。一人一人を見なくてもいいようにしてほしい。レッテルを得た人たちの基盤を揺るがしてほしくない。大学を目指す人たちの希望を挫いてほしくない。

 入試が公正かつ厳格であるほどに、受験生を選別しレッテルを貼る作用が強くなる。その入試方法に合わせた勉学が流行る。学びが、歪曲される。いわゆる入試の弊害が大きくなるのである。

 「まじめに勉強すれば報われる」ことを大事にしたいという意見もあるだろう。しかしそれならばむしろ、入試主義をとるより、絶対点数によって入学資格を得る方式か、内申一本にすることを考えるほうが効果的であろう。

 私は、競争入試廃止論者である。

 競争入試なしで、たかい科学と文化の水準を維持している国が現実にたくさんあるのである。スウェーデン、フランス、ドイツ、オランダ、デンマーク‥‥‥

 教育を「選抜」にしてはいけない。
 学びは、人々の喜びであり基本的人権だ。学ばない人は没落する。学ばない社会は没落する。それだけのことだ。選抜されるための競争など、じつに、せせこましい。

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葛藤なしで生まれるエネルギー

 人がエネルギーを得るやり方に、大きく言って2種類ある。

 ひとつは、あるがままをよく認識しているために葛藤がなく、エネルギーに満ちていることである。子どもが、無限とも思えるようなエネルギーを持っていて飛び跳ねているのは、こちらである。瞬間瞬間の気付きが、出来事をよく捉えている。
 この中に、学びがある。、
 学ぶことができるのは、先入観がないときである。

 ふたつめは、なにかの目標を思い描いたり、あるいはなにかの恐怖から逃げるために出てくるエネルギーである。

 この後者のタイプのエネルギーは、人間の生き方、そして社会のあり方に大きな問題を持ち込む。「~でなければならない」が非常に大きくて、他のことに気づいていない。それで、大きな葛藤を自分にも他人にも生じさせるのである。

 教育と呼ばれる現象は、本来は学びがあるだけなのである。花の美しさ、水の流れの面白さ、身体を動かすことの面白さ、そのようなものを探ることである。
 学びがあるときには、共感がある。学びは、教師にとっても子どもと共感しつつの発見なのである。そして、学びにとって、教師はべつだん不可欠の存在ではない。

 学校と呼ばれる機関は、近代社会がもたらした、はなはだ未発達な教育機関なのだと思う。ある目標を達成させるためには、平気で、野心を刺激し、競争に訴え、辱め、懲罰を加えてしまうのである。
 そこでは、葛藤のなさから生まれるエネルギーのことは、理解されていない。
 そこでは、目標と恐怖を植え付けることで、エネルギーを引き出そうとする。

 違う。それは個人にも社会にも不幸をもたらす。人のなかに葛藤が生まれるのは、理解なき結論を取り入れるためである。
 教育は、もっと自然発生的なものだ。もっと、家庭に近い形のほうがよい。四角い教室に生徒が机を並べ、教師がレクチャーするタイプの教育をあたり前と思ってはいけない。

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