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2011年1月

NPO立学校

 制度のここをちょっといじるだけで、日本の教育が飛躍的によくなるのに、と思うことがある。

 それは、学校を作る自由である。
 教育に新機軸を持っている人たちや、公立学校に不満な人たちに、自分たちの学校を作る自由を認めてほしい。
 公立学校とは異質な学校を作れるようにしてほしい。

 吉田松陰の松下村塾みたいなのがあってもいいではないか。「トットちゃんの学校」みたいなのがあっていいではないか。そういうものがないと、新風が吹き込まない。

 ただし、学校設置をなんでも自由にするということではない、そうすると学力私学ばかり流行る。
 学力での競争ではなくて、まったく質の違うオルタナティブ教育系の学校ができてほしい。吉田松陰は、生徒を選んでなどいない。生徒に競争させてもいない。

 入学時に学力選抜をしない私学を作ること。それがすごく大事なのだ。日本に、その発想がないのが不思議だ。ふつうの親と子どもに選択肢を提供しないといけない。
 公立校に不満があったら、自分たちで学校を作れる。そんな当たり前のことが、どうしてできないのか。

 質の違う学校は、数パーセント程度あれば、十分に機能を果たす。それだけで、公立学校に自浄作用が働き出す。日本全体を市場原理に投げ込んではいけない。意欲的な人たちと、追い詰められた人たちに、道がつくことが大事なのだ。

 いま、せっかく「特区NPO立学校」という制度枠があるのにまったく利用されていない。理由を調べたら、次の2点が大きかった。

・ 学校の施設基準が高く、廃校を借用できないと満たせない。ほとんどの不登校フリースクールは零細で、基準を満たせない。

・ 生徒を不登校または学校不適応に限っている。オルタナティブ教育系の人たちが無認可でやっている学校はすでにあるのに、学校になれない。

 この2点を改正すれば、NPO立学校ができてくるから、昨年11月に「対象を不登校児童生徒だけにしないで広げてほしい」という特区提案をしたが、ゼロ回答が返ってきた。
 かまわない。新しいことには、いろんな心配が先立つであろう。お役所というのは、そういうところだ。
 しかし、教育の自由は民主主義のバロメーターである。学校設置の自由がなくて、教科書も検定されているなんて、先進国として常識はずれだ。日本はそんなに成熟していない国ではないはずだ。バロメーターはかならずそのうち、民主主義のほうに振れてくる。

 何年かかろうが、これから食らいついていくつもりである。

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子ども手当全額支給を

 子ども手当が、半額のままで、その後のフォローがなさそうである。

 私は子ども手当に賛成である。子育て、教育というキメの細かさが必要な領域に、予算措置によって、必要なところに資金を届かせることは難しいからである。予算を通じると、かならずいろんな規制や制限がつく。それより、必要とする側のニーズにいかようにも合わせられる形がいい。

 控除から手当へという考え方も正しい。控除では、税金を納めている人にしかメリットがない。手当なら、全員に行き渡る。

 ただし、このデフレの時代に子ども手当を出すならば、「使ってください」というキャンペーンをいっしょにすべきだと思う。
 「みなさん、いま、お子さんのために一番よいと思うことに使って下さい。これは、一回かぎりではなくて、先々まで継続的に支給されますから、安心して使ってください。みなさんの使ったお金が世の中を回って、みんなが豊かになれるのです」
 と伝えるべきだと思う。
 その上で、全額支給すべきだと思う。

 子どもの養育費と教育費は、家計のなかでも優先順位の高い費目である。
 政府が赤字国債を組んで、積極的に支出を増やし、景気の維持をしている時代である。子どものためにどんどん使ってもらうのがよろしいのである。貯蓄されるのは困る。

 現実には、厚労省の調査によると、子ども手当の4割が貯蓄されたそうである。日本で、収入が増えたときに貯蓄に回る率は平均して3割程度と言われているので、それより高い。
 けっきょく、高等教育の費用がすごくかかるので、それへの備えをする、という家庭が多かったのであろう。

 大学や専門学校の学費負担の軽減のほうが、優先順位が高い、ということでもある。

 高校の無償化は、よい政策であった。当たり前のことであり、遅きに失したとは言え、高く評価できる。そして、高校だけでなく、高等教育の無償化も進めるべきである。日本の高等教育の私費負担率はたいへん高い。

 しかし、根本的なところの問題がある。いま、財源はないだろう、ということである。ほんとうにないであろう。国家予算が89兆、国家税収が37兆というのは、どうみても異様な事態である。国債発行という借金でしのいでいるのである。
 このままだと、近い将来に国債発行が限界に達し、金利上昇を招くであろう。つまり、高い金利をつけないと国債が売れなくなる。そのとき、不景気と高金利がいっぺんにやってくる。そうなれば、公共サービスを維持するには、国債の日銀引き受けしかなく(巧妙に迂回する手段はあるが、本質は同じ)、最後は大インフレになるであろう。ソ連崩壊後のロシアで起こったことと似たことが起こるであろう。

 増税なしに、社会保障を充実させるのは無理である。教育は、増税してでも、高等教育までの無償化を目指すべきである。
 民主党ブレーンである神野直彦教授のいうように、「財政も立派な経済である」と掲げるべきだと思う。

 管首相が消費税10%を言って、不評のためたちまち引っ込めたが、あれは、出した以上は貫くべきだったと思う。自民党が消費税増税を言い出したから民主党も言ったという感覚自体は悪くない。
 そうでなかったら、事業仕訳を徹底的にやり、「もう鼻血も出ません」というところまでやってから、消費税を言うべきだったと思う。

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