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自分の利己主義に気づかないこと

 われわれの最大の教育問題は、自分の利己主義に気づかない人間を大量に育ててしまうことである。
 自分は高尚なことをしていると思っている人間の利己主義が、やっかいなのである。

 他人を支配したがる人間は、自分の動機に気が付いていない。かならず高尚な目的や正義の名のもとに、他人を動かそうとする。「目標に向けてがんばりましょう」。「全員一丸となって取り組もう」。
 ようするにあんたの思ったように他の人を動かしたいのでしょ、と思うのだが、ところが本人は目的や正義のことしか見えていない。

 規模が大きくなったときが怖い。ほんとうはちっぽけな人間たちが、政治党派、国家、宗教などと一体化して自分は神聖なものの一部であると主張する。そして、他人にも服従と献身を要求する。これは社会にとっての災厄である。戦争の最大原因である。しかし、それが巧妙な利己主義であることが、なかなか気付かれにくい。

 「愛」、「思いやり」、「個性尊重」、などなどを長々と立派にしゃべる人たち。他人からは自己顕示欲が見え見えだが、本人は立派なよいことを伝えたと思っている。
 他人は、「ああ、またか」と思っているのだが、本人は気づかない。
 
 急に結論に飛ぶことをお許し願いたい。ただの善悪や道徳の問題に行きたくないのである。
 自己認識が伴わない人たちは、自分の肉体とともに生きる感覚を失っている。それが自分の利己主義に気が付かない原因である。感覚、感情からは利己主義に陥ったときの不調和を知らせるシグナルは出ているのだが、それを感じ取れないのである。
 ただし、不調和を知らせるシグナルは、なんらかの不快な感覚として出てくるから、大きな愛と配慮の下に育てられないと、感じることを拒否する方向に行ってしまうのである。そして、無感覚と利己主義が生まれる。

 これは、知識と技能に偏重したわれわれの教育に大いに責任がある。われわれは、子どもの、悲しみ、孤独感、無力感、などを慈しんでいないのである。われわれは、子どもが何ができたかにしか関心がない。
 逆に言えば、われわれは、教育によって、人間の感覚と意思を調和させることは可能なのである。感受性を殺す教育をしてはいけない。頑張らせ一方の教育をしてはいけない。

 無意識とは、不思議なからくりで働きかける、われわれにはどうしようもない脳の仕組みだと思われている。そうではない。言語外の情動として働きかけてくるのである。感受性が発達していれば、認識できる。

 支配欲や自己顕示欲は、言葉の形では存在していない。それは感情・感覚なのである。だから、言葉とあまりに一体化している人間には、認識の網にひっかかって来ないのである。自分の動機が無意識の領域に入ってしまう。
 とくに、支配欲は複雑なプロセスであるが、恐怖が根本にある。まず恐怖があり、恐怖を恐怖として生きることができないために、「あるべき現実」が作られ、その鋳型に他者をはめこもうとするのである。これが恐怖から逃れるための条件反射になっているのである。
 けっして他者に働きかけること自体が悪いわけではない。しかし、恐怖から発した他者支配は、独りよがりで、他者の尊厳に気づいていないから、利己的なのである。

 教育が知識と技能に偏重して、「あるがままはどうなっているか」、「人間の中でなにが起こっているか」に注意を向けさせないことは、大きな問題である。
 とくに、集団授業で、長時間にわたって、生徒を机に座らせ一方通行の授業をしていることは、生徒の感覚を狭めさせただの言語存在にしてしまいがちである。答えが合っていればすべてよし、点数がとれればすべてよしになってしまう。

 人間の感覚、感情、そしてなによりも、「いま、ここに生きている」という感覚。これが人間を利己主義から引き戻すし、さらに愛と理性への道を拓くのである。

 教育は、現在のように事務所的、工場的なものでなく、より家庭的で、より多くの活動を含み、より人格交流的なものになるべきである。

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コメント

何か怒ってみえるようですが、全体的に抽象的でピンとこないですね。

だから、共感しにくいですね。

投稿: dolce | 2011年1月17日 (月) 17時44分

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