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子どもの”夢”

 子どもに”夢”を語らせることが多い。

 「将来の夢」と先生に聞かれると、消防士とか、電車の運転手、とか看護婦とか言う。

 儀式さ、と思う。
 子どもが、受け入れられそうなことの選択肢の中から選ぶ。大人はそれを期待している。それはそれでよい。だから悪いということもない。子どもがウソをついているということでもない。そういうときは、そういう答えが出てくるものだ。

 でも、儀式さ。

 子どものほんとうの夢って?
 たぶん、いちばん的確に描き出しているのは、マンガの世界だろう。

 ひさしぶりに「少年ジャンプ」を読んだ。けっこうおもしろかった。こども、と言っても小学校高学年から中学生くらい、が教室の中が白日夢にふけっていて、それがどういう内容かというと、だいたいマンガの内容みたいなものを織りなしているものだ。

 それを表現することのできる者が、マンガ家になる。マンガの世界はいい。どんな経歴も、権威も通用しない。おもしろければ評価される。つまらなければ捨てられる。

 マンガの世界は暴力また暴力だ。そこで勝ち残ること。スーパーパワーを得ること。それでも強い敵が現れる。それをまた打ち破るスーバーパワーを得る。「ドラゴン・ボール」がよく表現していた。はてしない闘いの世界。

 あまりの暴虐に、正義への思いを燃え立たせること。そして力の塊になること。

 ユニークなキャラクターたちとチームを組むこと。そして敵と戦うこと。

 共通しているのは、主人公がなんらかのスーパーパワーを持っていること。あるいは、ドラエモンのようなスーパーパワーがついていること。それなしに、どうして白日夢にふけることができよう。

 そして、機知、諧謔、ユーモア。

 マンガの世界は、子どものほんとうの心をよく表している。暴力の世界は、葛藤があることの表現なのだ。マンガのなかのさまざまなスーパーパワーが子どもの夢なのだ。それは、子どもの無力感が映し出す絵巻物である。

 でも、子どもの夢はそれだけじゃない。まだ奥がある。
 知人の心理学者が言っていた。
 「男の子の考えていることって、女の裸を見たい一心ですよ。」そうだ、そうだ、その通りだ。よくぞ言ってくれた。
 でも、子どもは言えない。「僕の夢は、女の人の裸を見ることです。」言えるものか。
 大人向けのマンガ誌は、これをよく表現してくれている。でも、少年マンガ誌では無理だ。

 そのような、ほんとうの夢の世界。

 そして、学力がどうのこうのとか、子どもたちをいかに導くかの世界。いわゆる「教育」の世界。
 あまりにかけ離れている。

 ほんとうに教育されなければならないのは、教育と言うと語弊がある、愛と慈悲と知恵の限りが注ぎ込まれなければならないのは、この暴力とセックスの世界なのだ。

 ほんとうは、われわれは暴力とセックスにしか希望をいただいていない。あとのことは、パーティーに顔を出すための衣裳のようなものだ。
 賢い者ならば、露骨な暴力は振るわない。権威・権力の形で手に入れる。しかし、その権力もセックスも、じっさいに手にいれればパワーでも神秘でもなく、つかの間の興奮を伴う策略と労苦だ。それでも、失望しても、失望しても、われわれはそこに戻ってくる。

 違う?

 われわれの新聞を見たまえ、ニュースを見たまえ、TVドラマを、映画を見たまえ。どこを見ても暴力とセックスだ。それを下品よばわりして、しかも自分の秘かな快楽を持つこと。それが大人の精神生活だ。

 じゃあ、どうしたらいいのか? たぶん、そう尋ねられる。
 方法などあるものか。われわれは小利口に生きようとして、知識と方法の中に閉じこめられている。それで、暴力とセックスに誘われる。われわれは、自分を牢獄に囲い、それからその牢獄を破壊してくれるものを切望する。

 もうじきPISAの結果が発表される。いろんな議論が起こるだろう。それに意味がないわけでもない。

 でも、学力論議など、子どもの「夢」の世界とかけ離れている。あまりにかけ離れている。
 美も愛も、ほんとうはすぐ近くにある。それを子どもに伝えることもできる。誰だって、小利口さだけで生きているわけではない。
 真理も明晰さも、ほんとうはすぐ近くにある。わからないことはわからないと言えることの中にある。

にほんブ

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コメント

Damn. This is so deep. This is the reality of our world.
We are so blinded by the make-up world like MTV. We are always looking for something that would entertain us. When we consume, we look for another one. Because once we consumed we trash them like fast food because we are bored again. This is like an endless rat game.

投稿: peanutbutterwolf | 2010年12月 7日 (火) 23時20分

 いつも拝読させて頂いています.
 古い記事からですがトラバさせて頂きました.

投稿: Ladybird | 2010年12月 8日 (水) 15時47分

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