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千と千尋の神隠し カオナシ

 「千と千尋の神隠し」で、いちばん感動したのが、”カオナシ”というキャラクターだった。誰の中にもカオナシはいるのだ。宮崎駿がよくぞ目に見える形にしてくれた、すばらしい、と感動したのだった。

 カオナシは、悪役として登場する。しかし、決定的な「悪」でもない。「千と千尋の神隠し」の中にたくさん現れる、得体の知れないキャラクターの一人である。

 個人として尊重されずに育つと、カオナシみたいな感じになるのである。これはもちろん、ものすごく単純化した話なのだが、このように単純化されたキャラクターで示さないとわかりにくい。

 カオナシは影の薄い存在である。これは、アニメでは実際に、姿が見えたり透明になったりしている。要求もなく、だれからも忘れ去られやすいのである。

 カオナシには、愛着も憎悪もない。漠然と、好かれたい思いがあって、千尋に砂金をくれて気を引こうとする。しかし、それだけである。愛であれ憎しみであれ、強い関係を取り結ぶ力はない。

 カオナシには意思がない。周囲の状況の中を漂っている。悪を為そうとする意思もない。もちろん、善を為そうとするわけでもない。なんとなく人についていく。

 カオナシには、個性がない。自分の声がなく、カエルを呑み込むと、カエルの声になってしまう。自身の思想がなく、人に影響を与えられる言葉をご都合で取り込んでしゃべる人間を連想させる。

 カオナシには、享楽だけがある。食べ物とドンチャンさわぎがあると、なんでも飲み込み、身体を太らせ、怪物になっていく。大きな迷惑をかける。

 しかし、バカ騒ぎを止められてしまえば、またただの影のうすい存在に戻ってしまう。

 こういう十代の若者に何人か出会った。そういう面もあるということだったら、たくさん出会った。
 私の中にも、カオナシのような部分はある。

 映画の後半で、カオナシは千尋について、あの湯屋から抜け出る。そして、ユバーバの妹のところにとどまる。カオナシが母性によって救済されることが仄めかされる。この映画では、仄めかされるだけで終わるが、カオナシが救済されるストーリーができてきたらと思う。だれかが、書き上げてくれないかと思う。もし宮崎駿の感性がやってくれたら、深いものができると思う。

 カオナシは、深いところをたどれば、「エヴァンゲリオン」と同じテーマである。若者の自己発見というテーマ。ただしまったくのネガとポジの関係である。
 エヴァンゲリオンだと、主人公の中で、戦闘マシンに乗り込んで闘う任務と自分自身の葛藤になる。それは、教育のことで言えば、期待された優等生たちの葛藤なのである。すべては人格関係であり、期待と愛憎と裏切りが渦巻く。意図を持った者達同士の戦いを通じて、自己発見がある。
 しかし、カオナシは、期待もされず見捨てられた子どもたちの物語なのである。その物語はドラマチックではなく、涙は砂漠の中に涸れている。

 カオナシのストーリーができたら、と考えていたら、フェリーニの映画「道」を思い出した。この映画の中の主人公であり悪役であるザンパノが、人格関係を取り結ぶことのできない男なのである。暴れているカオナシだと思えば、ザンパノの位置づけができるだろう。知恵遅れの少女ジェルソミーナを、それはまあ自分勝手に扱う。
 このザンパノが最後の場面で、さんざんもてあそんだジェルソミーナの死を知って、涙にくれる。彼は、とうとう自分の魂に接したのである。
 カオナシタイプが救済されるストーリーとして、思い浮かべる唯一のものである。
 カオナシタイプが自己主張をはじめると、たいていは悪役としてあっさり殺されるのである。

 しかし、現実世界には、救済されるべきカオナシがたくさんいる。「千と千尋」の中で、カオナシが徹底的に悪役とは描かれず、救済が仄めかされているのは、すごいことだと思う。そこもたいへん感動したのだった。

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