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Love was

 恐怖があると、自己顕示欲にかられたり、教条的になったり、カキのようにカラにこもったりする。
 子どもでも大人でも。

 ビートルズの"Yesterday"に

  Yesterday love was such an easy game to play
    Now I need a place to hide away

  これは恋の歌ではなくて、ジョン・レノンが母を失ったときのことを書いたのだと聞いたことがある。きっとそうなのだろう。
 愛がなくなれば、本当の自分を出さずに生きるようになる。
 愛がなくなれが、本心を出さないようにして、小手先の技術で生きるようになる。
 そのことを、社会に適応できていない人間はあからさまにやる。適応できている人間は、文化の許す範囲で上品にやる。

 それが私たちの姿じゃないかと思う。
 大人も、子どもも。
 ガングロの少女たち。試験の点数で「自分は優等だ」と思う少年たち。

 私もそう。
 たくさんの言葉を蓄え込んで、しょっちゅう反芻していること。それが私の恐怖であり、慰めであり、見栄である。それをやるようになって、はじめてわかった。これが愚かさの正体なのだと。あの愚かな連中は、このようにして愚かになっていったのだ。それで、あんなに型にはまったことを言うのだ。元は恐怖なのだ。それはわかったけれど、この愚かさからは、そう簡単に抜け出せるものではない。

 なにしろ、その恐怖を感じないために、たくさんの言葉が条件反射的に出るようになっているのだ。湧き出る言葉は、つねに、恐怖から注意をそらすために湧き出ている。そういう言葉によって恐怖を見極めようとしてもうまくいかない。

 たくさんの言葉で頭いっぱいになっていて、新しいことが学べないこと。それが教育問題のもっとも大きな部分だ。その根っこに恐怖がある。

 クリシュナムルティがまともなことを言っている。その恐怖を、言葉による結論なしによく観察してご覧なさい。そうすれば自由になれる。でも、言葉に置き換えているうちは理解できませんよ、と。
 これは正しい。やってみたら実際にそうだ。

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コメント

>その恐怖を、言葉による結論なしによく観察してご覧なさい。そうすれば自由になれる。

そう!事実を言葉による結論なしに観察することなんだろうと私も思います。

新型インフルエンザは怖いというメディアを信じるか、目の前の新型インフルエンザにかかった患者の実際を見るか・・・

新型インフルエンザは普通の風邪と一緒だということがよくわかるはず。

予防接種は打たないほうがいいかもですよ!
http://japan.cnet.com/blog/eriwilde/2009/09/18/entry_27025007/

http://satehate.exblog.jp/m2009-10-01/

投稿: はなはなマロン | 2009年10月 2日 (金) 19時20分

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