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2009年5月

法律にすること?

改正された教育基本法を読んでいました。

けっこうな理念がたくさん書いてありました。
たとえば、
第2条(教育の目標) 第1号 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

そりゃ、まあ、そうですよ。教育ってのはそういうことですけどもね。
でも、これ、法律ですよ。

「われわれは、社会主義国に住んでいるのかっ!?」
って言いたくなりませんか。

標語が氾濫するだけじゃないんですか? 書類が増えるだけなんじゃないですか?
偽善が蔓延するんじゃないですか?

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憲法第26条は深いですぞ

 憲法記念日にちなんだ話題を。

 中学生のとき、社会科の教科書に憲法がのっていたので、授業中に勝手に読んでいました。憲法って、当たり前のことをきちんとを言ってくれる、けっこういいじゃないかと思いました。きっと教育もいいことを言ってくれているのだろうと思って第26条にきたら、絶望しました。

第26条
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」

 権利だって? 義務教育で学校に行かされるのが。
 こんな、刑務所に入れられるような目にあって、それが権利だって?
この条文は「すべて国民は、刑務所に入れられる権利がある」と言っているようなものではありませんか。

 そうか、美辞麗句で言いくるめてしまうのは、教師の専売特許ではなくて、憲法ぐるみだったのだ。

 「学校などに深く関わるものではない」と私は深く感得し、教師とは親密にならず、部活に参加せず、勉強は授業だけで御免蒙り、決して真面目にならず、オチャラけて生きていたのであります。
 学校イデオロギーに染まらないでいますと知性が活性化しますので、テストの点数なんぞは勝手にいい点になっていました。

 その後研究したら、この憲法第26条はもっと積極的な意味を持っていました。
 今では、憲法26条は日本教育の最大の希望なのだと思っています。
 教育は権利なのです。誰もが自分に合った教育ができてくるように求めていいのです。お仕着せ教育に甘んじなくて良いのです。

 憲法26条に「法律の定めるところにより」とあるから、法律を憲法と思わなければならない、と考えるかもしれませんが、それは間違いです。
 憲法は、法律を見張っているのが役目です。はたして法律が正しいかどうか判断する基準が、憲法なのです。「法律の定めるところにより」は、詳しいことはちゃんと法律を作って運営しなさい、の意味です。

 戦前は、教育は国民の義務の一つでした。
 それを、この憲法26条は180度ひっくり返して、教育を権利としました。これは、ものすごく重要なことだったのです。

 繰り返して言いますが、誰もが自分に合った教育ができてくるように求めていいということを、憲法が保障しているのです。

 でも、そのことは、当時理解されませんでした。今も理解されていません。教育を請求する権利を具体化した法律がないので、「教育を受ける権利」は宝の持ち腐れになっています。

 教育の法律では、憲法第26条だけが突出していたのでした。

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