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2008年11月

どうなってるの!?教育委員会

11月30日発売の
「イミダススペシャル 時事力 2009」 集英社
の約70テーマの一つとして
「どうなってるの!?教育委員会」
と題した教育委員会論を執筆しました。

 一見開き(2ページ)の分量で、教育委員会の構造と問題点が把握できるようにしてあります。短いものなので、読みやすいかと思います。
 読んでいただければ幸いです

 要旨:

 日本の教育委員会は米国の制度と外見はよく似ているが、内実はまったく違う。米国の教育委員会に比べて日本の教育委員会は権限がたいへん弱いため、単なる事務局と化しやすい。

 戦後日本の教育行政は、”文科省暫定運営体制”がそのまま定着したものであり、それが責任者不在の体制を生じさせた。文科省、教育委員会、自治体の間で、責任体制が不明確である。

 現在の教育行政の最大の問題点は、保護者・住民に対して責任を追う仕組みが整備されていないことである。

 将来については、単純な存続論にも廃止論にも走るべきではない。存続させるなら、公選された教育委員による教育長任命の方向に行くべき。廃止するなら、学校ごとに運営協議会を作って、そこに校長人事権を渡す。自治体の首長に校長の人事権を渡すことは、政治介入を招き、危険である。

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学校なんてそんなものではあるけれど

 高校入学の選考基準に、服装を含めていた学校が事件になった。私は、「学校なんてそんなもんでしょ」と醒めている。ただし、選考基準に服装を含めるなら、はじめからその基準を明示すべきだと思うが。
 しかし、このような選考で落とされる者たちの教育はどうするのだ、ということを思う。高校を非難して無理に受け入れさせても見通しは明るくない。さりとて、現実を見回しても、代わりになる教育機関が見あたらない。これは、特定の高校の問題ではなく、日本中で起こっている問題である。

 ピアスをつけ、乱れた服装をすることでしか、自分を表現できない若者たちがたくさんいる。大人に認めてもらいたい。しかし、「まじめに頑張るんだよ」などと言われれば、「ウルセーな」と横を向くであろう。あるいは、「うん」と素直にうなずきかえすが、なにもしないであろう。

 「きみたち、せめて服装をきちんとすることから始めたらどうか」、などと言えば、ムッとして「カッタリイんだよ」とつぶやくだろう。あるいは、憎々しげに睨みかえして、精一杯の抵抗を示すであろう。「きみたち、これをやって頑張ろう」と言えば、「なんで、こんなことしなきゃいけないの」と言うであろう。

 しかし、多くの者は、反抗的ですらないであろう。自分が何に不満であるのか、何を嫌がっているのかすら、本人にもよくわからないのだ。口出ししてくる大人は払いのけるし、かまってくれない大人には絶望するであろう。
 あるいは、どうしようもなくなった自分を見せて、そういう自分でもわかってほしいと遠回しに理解を求めるであろう。

 深い恐怖があり、彼らは防御的、攻撃的な姿勢を取る。しかし、ほんとうはこの恐怖は、だれにでもあるものだ。紛らわしかたを知っているか知らないかの違いだ。

 こういう者たちが高校に入ってきても、高校が対処するのは難しい。中退者の山ができる。
 学校というのは、知識と技能と集団での振る舞いを身につけさせ、それに対して卒業証書を出すところである。知識、技能と振る舞いを身につける気がない者は、「本人にやる気がない」として追い出すしかないところである。中学までなら義務教育だから追い出さないが、高校だと、学期ごと学年ごとに「このままでは留年ですよ、卒業できませんよ」とチェックを入れる。

 学校というのは、そういうところである。それに対して、教師も生徒もあまり幻想を持たないほうがいいと思う。教師の多くいは、ほんとうの意味で生徒の立場など見えていない。「いかにやる気を出させるか」でしか見ていない。

 服装で見分けて、はじめからお断りするのも、一つの見識だと思う。それは学校として一つの見識ではある。
 しかし、それは学校の立場だ。学校というのは、学習機関なのだ。教育の中の、ほんの一つの機能を担っているだけなのだ。
 学校に適応できない者たちが、じつは、一番援助を必要としているのだ。本人にとっても、社会にとっても。

 教育があまりに学校制度の中に囲い込まれている。学校に出席することが教育になってしまっている。
 とくに中等教育なのだ。中学生以降は、家庭だけでは育てきれないものだ。地域活動だろうが、スポーツクラブだろうが、ボランティア活動だろうが、町の私塾だろうが、なんでもいい。留年や、「卒業できないぞ」で脅さない教育機関がほしい。いまの高卒認定より、もっと柔軟な科目ごとの認定制度がほしい。
 彼らを、追い立てず、ほったらかさず、親切に付き合うだけで、大きなことができるのだ。

 暖かい眼を持つ大人たちは、けっこういる。
 なんとかならないのか。

 教育を、あまりに学校制度と同一視していないか。

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制度化された教育の限界

 知ることそのものが愛であり慈悲であるという認識がある。いわゆる問題を持った子に接していて、ふっと、「この子はこういうことで動いているのだな」と感じ取れることがある。そうすると、なにかが流れ、局面が拓けてくる。

 絵を描いたり工作をしたりしていて、余分なことは考えず、色や形や道具の性質と戯れていられるときがある。そのときには物事の性質がよくわかってくるし、できたものもクリエイティブなものである。
 数学でも、英語でも同じことである。

 この反対の状態は、恐怖に怯えているときである。そのときは、はやく結論がほしくてたまらない。頭の中は言葉だらけである。物事をよく調べもせずに、行き当たりばったりで、聞きかじりや仮説にとびついていく。頭の中で復唱できる結論ができると、満足する。目の前の出来事をよく調べずに、他人がやっていることの結果だけ真似しようとする。

 結果をやみくもに求めるため、物事の本質を掴めないのである。

 テストに追い立てられた子どもがよくこれをやる。
 困難に直面した大人が、非常によくこれに頼る。
 したがって、社会は、蓄積された恐怖と先入観の塊であり続ける。

 しかしわれわれは、絶望的なまでに、愛であり慈悲でもある認識を必要としている。さもないと、われわれは力づくで生きようとする傲慢な人間たちと、冷笑的で無気力な人間たちをたくさん生み出す。個人はストレスの多い努力と、パターン化した快楽の追求にすりきれていく。われわれの社会は、無慈悲な安定社会と、悲惨きわまりない戦争の両極端のあいだを振れ続ける。

 希望は教育にある。

 しかし、制度化された教育は、言語化され数値化された結果を求めて動くようになる。生徒と直接に接していない者たちが運営していると、どうしてもそうなる。言葉では、どのような美辞麗句を言おうとも、結果が問題になる。
 教師たちは、おおむね三層ある。結果を出すことに力を注ぐ者と、生徒との関係で動こうとする者と、事なかれで自分の城を築こうとする者である。しかし、基本的には自分を雇用している人間たちに責任を負う構造になっているから、結果を出さなければならない。

 これは、現代のように教育が制度化される以前から、もとより行われていたことである。しかし、制度化された教育の中で行われるとき、その破壊力は格段に大きなものになる。

 結果をやみくもに求めること自体が暴力である。その求めるものが知恵や美や善であろうとも、暴力は暴力である。

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フィンランド教育改革と社会変動

 2005年にフィンランドの教育行政を視察する機会に恵まれた。

 フィンランドは、90年代に教育の大幅な分権化と学校裁量の拡大を行い、それ以後、急に学力が伸びてPISA学力テストでトップクラスに躍り出たことで世界に知られている。この大幅な教育改革が、やはり切迫した社会状況を背景にしている。

 フィンランドの場合、90年代前半に、社会・経済が危機的な状況に追い込まれている。
 隣国のスウェーデンと同様に80年代に経済が過熱し、90年にそのバブルがはじける。金融機関の破綻と信用機構の危機がやってくる。そこに、ソ連崩壊が重なった。フィンランドは、ソ連・東欧圏との交流も深かった。
 1990年から93年まで、経済成長率はマイナスを記録し、失業率も18%にまで上がる。25歳以下の若年層では、失業率は34%にのぼった。
 95年にEUに加盟、2000年にユーロ通貨の導入と、90年代はフィンランドにとって激動の時代だった。

 この状況を背景にして、教育では90年代前半に、構造改革が行われる。学校選択制を導入。視学制度を廃止。教科書検定制度を廃止。国家カリキュラムの大綱化など、思い切った施策が行われている。

 それ以前はというと、中央集権的であり、教師権力が強い旧タイプの教育であった。

 思想的には、新自由主義の影響が強い改革であった。しかし、イギリスのように、直接に学力を追ったり、学校査察を強化する方向には行かなかった。フィンランドにはもともと平等主義の考え方が強く、競争を嫌う社会風土がある。
 フィンランドの主流の教育哲学がしっかりしていたのだろうと思う。子どもを主体にした捉え方をしているし、教育を受ける側の権利は確立している。学校間の競争はいささか持ち込んだが、子どもを追い立てる方向には行かなかった。新自由主義的影響は、結果的に適度の刺激になったのではないかと思う。

 私の眼で見たフィンランド教育で、よいと思ったのは、教師たちがほんとうに教育の専門家であって、雑務に追われていないこと。子どもの側の権利が確立していて、落ちこぼれやマイノリティに対して手厚いこと。高等教育までのすべての教育が無償であることなどだった。
 教科書を見せてもらったら、ほんとうに”教科書臭さ”がなかった。それで、「この教育改革はホンモノだな」と実感した。

 いっぽう、教育制度について、教育と政治の分離が十分でないこと、大学入試と高校卒業資格試験の両方があることなど、未整備だと思われるものも多かった。全体としては、ついこの間まで中央集権であった痕跡をたくさん残し、過渡期にある制度という印象だった。
 しかし、その状況は、中央集権的教育システムからの脱出の仕方のよい例だと思った。

 フィンランドの、教育に賭けるしかない、という立場は、日本の比ではないと思った。
 空から見ても、地上を車で走っても、フィンランドは、正真正銘、森と湖の国だった。なんでもっと農地や牧場ができないのか、と思った。ある家庭を訪ねてキノコ取りに誘われたときに、疑問が解けた。森の中は岩だらけだった。土などほとんどなかった。氷河期に、土がみんな流されてしまったのである。都市ではいたるところで岩盤がむきだしである。農地にできる土地は限られている。国際競争力を失って二次産業、三次産業が衰退すれば、それまでである。
 政治的にも、スウェーデンとロシアという二つの強国に、取ったり取られたりしてもみくちゃにされていた歴史的経緯がある。独立を達成したのは、20世紀のロシア革命後である。軍事力、経済力などにたよることはできず、小国の知恵で生き延びるしかない立場である。

 フィンランドに限らず、本当に先の見えない社会危機に襲われれば、子どもの学ぶ力を尊重し、子ども同士を競わせないタイプの教育が発達していくのが自然なことだろうと思う。

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