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もっとも困っている者が非難される

 不登校では、もっとも苦しんでいる者が非難され追い詰められてしまっている。

 子どもが学校にいけなくなるとき、子どもはものすごいストレスを抱えている。反抗しているとか、怠けているとかいったなまやさしいレベルではない。たいていは、子どもが強度のストレスにさらされ、逃げたくても逃げられない状況に長く置かれ、ついに限界に達してしまった状態である。

 多くの場合、不登校の子どもは、外界に対応するための中心が機能しなくなっている。
 だから、「どうして学校に来ないの」と尋ねても答えが返ってこない。
 「なにがあったの」と尋ねても答えが返ってこない。
理由や立場があるようだったら、人に訴えたり、闘ったりできたであろう。言葉などありはしない。赤むけにされたイナバのシロウサギが、洗濯機に入れられてガラガラ回されているような状態である。

 ところが、従来型の義務教育では、頑張って学校に行くことそのものを教育だとしている。学校に来れないとしたら、やむを得ない病気か、そうでなかったら怠けやわがままなのである。そのどちらかに分類して考えるから、なかなか実情が見えてこないのである。
 「学校でストレス状態にある子ども」という捉え方が確立していないことが大問題である。

 また、「教育方法が子どもに合わない」という発想がない。日本では、教育機関を作る自由がないことに、あまりに長い間慣れてきたので、教育方法の比較対象がないのである。今の教育方法が、あまりに絶対視されている。
 だから、子ども個人と家庭の要因ばかり探す。本人や家庭の要因は、誰だってあるに決まっている。だからそれで済まされてしまう。

 不登校に対しては、学校への就学義務など頭から追い払って、「この子の心身の健康のために何が必要か」ということを白紙から考え、実行できるようにすべきだ。家庭でもいい、新しい教育機関ができてもいい、憲法がすべての保護者に対して教育の義務を定めたのだから、どうのような事情があろうとその子に合った教育が沸き起こるように、法令や組織を整えなければいけないのだ。

 それは、憲法の要請なのだから、法令がとか予算がとか人員がとか、そんなことはすべて越えられるはずなのである。

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コメント

>家庭でもいい、新しい教育機関ができてもいい、憲法がすべての保護者に対して教育の義務を定めたのだから、どうのような事情があろうとその子に合った教育が沸き起こるように、法令や組織を整えなければいけないのだ。

同感です。

「フリースクール環境整備議員連盟」が先日発足したそうです。
大きな第一歩であると思いたいです。

子どものやけどした心を、たたくような事はやめてほしい。
それぞれの子どもに合った「教育を受ける環境」を守ってほしい。

いろいろな人間がいてこそ面白いと、
思い合える社会であってほしいと思います。

投稿: バジル | 2008年5月31日 (土) 19時38分

はじめまして。札幌市での「不登校、発達障害をもつ子どもたちも大事にされる教育へ」
というフォーラムに参加させていただきました。中2の娘が札幌市内のフリースクールに通っております。いつもブログのほうも拝見させていただいております。素晴らしいブログですのでリンク貼らせて頂きます。

投稿: MIYA | 2008年5月31日 (土) 20時21分

今新潟で市教委が登校督促書を出した件の誤報道で一番悩み苦しみ決断したホームスクーリングをしたい、といった親たちに対してものすごい反発意見が多い。日本は本当にまだまだ学校信仰が強いことを実感。当事者の親達はカルト扱いされてとんでもない誤解が誤解でいっぱいに。何とかこの親子を助けてあげたいのです。
古山先生、力を貸してください。メールをお待ちしています。

投稿: ママ | 2008年5月31日 (土) 23時57分

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