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入試をそのままにして塾を批判する

 民間人校長藤原氏で有名な、杉並区の和田中が、有名進学塾を夜間に学校内で開くことにしたことについてさまざまな議論が為されている。
 「公立学校という場で授業料を取っていいのか」
 「中学を受験教育の場にしてはいけない」
 「エリート教育になってしまう」
などなど。

 しかし、中学になったら、大半の子が塾通いをしているのが現実である。その理由は、内申書のために定期試験の対策をとる必要があるのと、高校の入学試験への対策である。

 進学のための競争入試をそのままにして、塾通いの弊害を語っても、塾通いがなくなるはずがない。問題は、塾通いをせざるを得ない事情にある。藤原氏は、現実が良く見えているのだと思う。

 学校と教育行政側は、入試制度に手をつけない。手をつけないまま、受験教育を批判する。建前と現実があまりに乖離している。偏差値や塾が生まれるのは入試制度があるからだということを忘れて、表に現れた症状だけを批判していると思う。

 欧米のほとんどの国で、高校入試でムチを入れて勉強させるようなシステムは存在しない。受験で追い立てなくても、高度な産業・社会システムは維持できるのである。

 進学競争によって教育システムを成り立たせるのは、発展途上国に見られる現象である。
 いつまでも、勉学意欲を競争入試に依存しているから、燃え尽き層、落ちこぼれ層が大きくなり、社会不安の元になるのである。そろそろ根本的なところから考える時期に来ているのではないか。

 選別に頼るのではなく、それぞれの人が天職にたどりつくことを援助する教育に転換すること。つまり、『教育への権利』、『学習権』というようなものを基盤にして、いかなる人にもその人に合った教育が提供されるようにすること。その方向へと、大きな舵を切る必要があるのではないか。

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コメント

あなたは偉い!!
よくわかっていらっしゃる。
夜スペの根本はこれ、「入試」です。
日本の教育は途上国並み、いや、以下ですね。
教育業界に牛耳られている日本では本当の教育はできません。
入試は受験産業のためにあります。国家のためでも、子どものためでもありません。

投稿: 電車女 | 2008年1月26日 (土) 23時14分

このような批判に対応するために、入試システムが多様化していますよね。
中教審の2次答申を受けてのものです。
そのために教師たちの事務量が莫大なものになっています。
受け入れる側も、送り出す側も。
希望者は全入。
定員を超えたら抽選。
それが一番楽なのですが、
これをやると、二次・三次・四次・五次募集と、きりがなくなりそうですが・・・。

投稿: kurazoh | 2008年2月20日 (水) 02時03分

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